大陸を駆ける者

 宿の一階にある酒場で私は琥珀色の液体を一息に煽る。途端喉が熱く焼けむせ返る。咳き込む音が薄暗い店内に響く。

 夕暮れ近くとはいえ、他に客はまだなく宿の主人は奥の厨房で今宵の下拵えに忙しく動き回っている。始めの内は時々私の様子を見に顔を出していたが、私が無言で杯を傾けているのを見て何も言わなくなった。故に私は一人きりで、杯を煽ぎ続ける。

 本来、炭酸水か蜂蜜で割って味わう度数の高い酒だ。このような飲み方は酒に対してあまりに失礼なのだろうとは思うが、今はただ酔いがまわる事だけを望んでしまう。

 それが、卓の上にある今朝突然に届けられた手紙を認める為なのか、忘れる為なのかはよく分からない。


 大陸統一を果たした帝国の偉業の一つに大陸全土をまかなう通信手段の確立とそれに伴う職業集団の育成が上げられる。それが現在『早駆け』と呼ばれる者達の根元だ。

 彼等は、彼等だけが知る秘密の街道を幾つも持つが故に、魔術師達と同様権力から切り離されて存在した。だからこそ、帝国滅亡後も、如何なる権力からも干渉を受ける事なく、ただ言葉を伝え届ける為だけに大陸を駆ける。

 例えそれが吉報であろうと凶報であろうと、届けと強く望まれた物である限り、何処であろうと例え流浪の旅人の元であろうとも、必ず……。


 故に、彼女の死を伝えるこの手紙が今私の手元にある。

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