化氷

 幾人もの屈強な男達が大金槌を振い酷く厚い層となった氷を打ち砕く。穴の縁から覗く水はとても青く湖底まで見通せるかと思うほどに澄んでいる。そして、浮かんだ波紋が消える間もなく薄氷が張り始めるほどに冷え切っていた。何に装備もなしに飛び込めばたちまちの内に体は凍り付き命を落とすだろう事は想像に難くない。だから、漁師達は、炎石を砕いたものを石絹で編んだ潜水服の生地に織り込み、凍水に挑む。

 私もずっしりと重いそれを身につけ、不安と、何よりもこれから目にする光景を思い、胸を躍らせる。


 じんわりと熱を伝える潜水服を通してでさえ身を切るような冷たさを誇示する水をかき分け、静寂の支配する湖底へと降り立つ。束の間、湖底に堆積した泥が舞い上がり、静寂をかき乱す。そして、漁師達は仕掛けを設置する為に辺りに素早く散る。ただの人がこの場で存在を許される時間は短い。

 私はそれを見ながらその時をじっと待つ。

 手足の先に痺れを感じ始めた頃、動くもののなかった湖底で耀きを帯びた何かが泳ぎ始めていた。

 猟師達が静かにしかし素早く動き、仕掛けを動かす。柔らかく包みこむように網が広がり、耀きを封じ込める。動きを止めた耀きに目を凝らせば、河龍、岩狼、蒼流魚、嘴太鳥などの生物たちに姿が見える。

 氷に命の煌きを閉じ込め時の彼方から湖底で泳ぎ続ける今はもう存在しない生物達だ。その姿は、酷く澄んでいて、とても冷たい。

 人々はそれに心惹かれ求め、猟師達は年に何回か回数を定め、湖に潜る。凍竜王に敬意を払い、その同胞を狩る事に許しを得て。


 始まりと同じように漁は静かに終わりを告げる。引き上げられていく網に掴まり、私の体は湖底から離れる。体が酷く冷え切っているのを自覚した。

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