初焔

 風が吹いた。

 海岸沿の岩壁に開いた風穴が高い音を鳴らす。待ちかねたように島民が風穴の入口に積み上げた薪に火を放つ。


 黒の季節、海面が凍り付き船を出しての漁が行なえなくなるこの島では、その間住民達はずっと土を捏ねる。黒の季節の終わりを告げる風が吹くその時を心待ちにしながら、その想いを閉じ込めるように細工器を作り溜める。風の気配を感じ取ると慌ただしく、青の季節を迎える準備を始めるのだ。


 海底が隆起して出来たこの島独特の鉱土に滄竜の骨の粉を混ぜ練り上げて作る細工器は軽く丈夫でまた海の色を写し取ったかのような深い内側から滲み出す様な蒼をしている。

 ただ、その色合いを出すには長時間の高温が必要で、それはとてもではないが炎石などで賄えるようなものではない。故に彼等は黒の節の間幾度となく海水を浴びせては乾燥させ塩気をたっぷりと含ませた薪を大量に用意し、青の季節の訪れを告げる突風に合わせて火を放つ。

 塩気を帯びた薪は確かに高温を発するが、燃え続ける為には常に新鮮な空気の流れを求める。だから、海を渡り留まる事を知らない青の一番風は必要不可欠な絶対要素だ。

 薪に放たれた火は風の勢いを得て爆発的な火力を生み出し、駆け巡る炎となって風穴の中を突き抜け、風穴の中に並べられた細工器に命を吹き込んだ後、風抜きの穴から空へと吹き上がる。

 三日三晩吹き上がり続けるそれは焔竜か鳳凰の姿にも似て轟音と共に近海中を照らす。まるで極寒の季節の終わりと青の節の訪れを知らしめるかのように。

 そして、細工器の焼き上がりと共に、漁は再開される。

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