人形姫

 その乙女は、身の丈ほどもある長剣を軽々と操り、血風と共に戦場を駆け抜け、まるで舞うように人を斬ったと伝えられる。

 その姿は優美の一言。後ろで一つに括られた髪は金糸、冷たい耀きを湛えた瞳は水晶、血で紅に染まった長衣から覗く肌は白磁器。


 彼女について分かる事は少ない。帝国時代に作られた精巧な故人の写し身が如何なる理由で意志を持ったのか。何故ゆえに長剣を手にし、人を斬ったのか。それにどのような意味があったのか、それともなかったのか。

 全ては分からず、想像に任せるしか他はない。

 故に、彼女の存在は偶像化され、創作の対象となった。

 奏音都市の劇場では毎年のように劇が上演され、書の邸には彼女の物語が何百冊と収められている。絵画の題材としても、多くの筆で描かれた。有名な所では、積み重なる屍の上で長剣を携え血塗られた翼を持った悲しみに沈む聖女の姿で描かれたものや、その全く逆の、鮮血滴る生首を胸に掻き抱き、淫猥とさえ言える笑みを浮かべる狂女の姿で描かれたものだろう。

 そのどれもが彼女であり、そのどれもが彼女ではない。

 後の世で形作られた真実の破片を含んだ想像図だ。

 彼女の真実の姿がどのようなものだったのか分からない。

 ただ、私の手にある一冊の旧い書物その中にある一節は信じたいと思う。


 その望みはただ一つきり。人となる事、ただそれだけ。

 彼女は人形、人に憧れ、人になる事に焦がれ、ただそれだけを求めた、一つの人形。

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