飛翔船
碑石がある。苔むした表面にはこう刻まれていた。
『偉大なる大馬鹿野郎、此処より空へと到る』
誰が記したのか、それさえハッキリとしない言葉だ。けれど、決して嘲りや蔑みなどではなく、親しみとそしてほんの僅かな憧れの込められた言葉だ。
理由は酷く簡単だ。
空を見上げれば蒼穹高く、何者にも縛られる事なく浮かぶ船がある。
空に憧れ焦がれ、けれど病弱な為に風乗りになる事も出来なかった若者はそれでも諦めず別の道を選んだ。風の力を借りず誰もが容易く空と飛ぶ、それを可能とする方法を模索する道を。
『書の邸』に何日も篭り旧い文献を紐解き、あるいは、『白亜の塔』の扉を叩き教えを乞うた。周囲の人間に呆れられ、馬鹿にされながらも、ただ一人男の夢を信じた友と共に作り上げたのは、魔晶石の力を浮力へと変える装置とそれを積んだ鳥にも似た船だ。
男が夢見望んだ通りに自在に空を舞うその船は良くも悪くも人々を魅了した。憧れを抱かせ、あるいは恐怖を宿らせた。不幸であったのは、恐怖が男の夢の結晶をただの兵器へと変貌させてしまった事だろう。無上の兵器を手に入れようとする者達が男に付きまとい、それを厭い男は空へ永久の飛行に出た。友が止めるのも聞かず、船を破壊する道も選べず、ただ夢に殉じた。
だから、今も男の夢は空高くにある。
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