眠り姫
周辺の町村で奏でられる騒がしいまでに華やかな祭囃子を遠くに聞きながら私は硝子の森の中に立ち尽くす。
普段はしんと静まり返り時が止まっているとさえ錯覚させる森の中もこの時ばかりは動き出す。幹が揺れ、枝がしなり、葉が触れ合う。しゃらしゃらと祭囃子にあわせるように硝子の樹々達も美しい音色を奏でる。それに耳を傾けながら森の主に思いを馳せる。
未だ神々が在り、気紛れの下に全ての創造物を弄び世界が悲嘆に満ちていた時、神々への贄-慰み物として選ばれてしまった一人の姫君がいた。聡明で慈悲深く民からも深く愛された幸せな姫君はそれ故に神々の目に止ったのだろう。見守る事に飽いた神々にとって全ては玩具であり塵芥であり、足元を這い回る蟻と何ら変わりがない故に、創造物の嘆き悲しみこそが唯一の楽しみとなっていたのだから。
神々に逆らう事は存在の消滅に等しく、姫君は己の命一つで愛する者たちが全て助かるのならばとに贄なる事を受け入れた。だが、それを良しとしない者達がいた。彼女が愛した全ての人たちだ。
彼らとて神々に逆らう愚かさは十分に理解していただろうが、それ以上に姫君を愛し慕っていたのだろう。己の体を硝子の樹へと変え、姫君を守る為の結界を作り上げた。人々の命を懸けた守護結界は神々の力をも凌駕し見事姫君を守りきった。
けれど、愛する人々を全て失った姫君は力のない己を責め嘆いた。そして、悲しみのままに姫君は愛した人々で出来た森の中心で永い眠りに就いたのだ。以来、森は姫君の悲しみを映したかのように冷たく鋭い静寂を保つようになったと言う。
ただ、年に一度周辺の街村で姫君を慰める為に行なわれる祭の時期、その時だけは……。
今も眠り続ける姫君の悲しみを癒そうとでも言うかのように一際大きく樹々が鳴る。葉や梢が砕け森の中が硝子で満たされる。それが仄かに暖かい様に感じるのは気のせいだろうか、それともそれこそが樹々へと姿を変えた人々の想いだからだろうか。
私には分からない。
一つだけ、記しておくならば硝子の霧の中に穏やかに微笑む姫君の姿を見た、ような気がした。それだけだ。
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