通天の塔

 雲一つなく、遥か遠く彼方まで青が澄みきった日に空を見上げてみるといい。大地から何よりも高く長く遥か天へと続く塔の姿が見えるはずだ。

 そう、それは、亡き王妃を想い月を目指した一人の王が残した幻影だ。


 伝説に曰く、最愛の王妃をなくし日々悲しみに暮れる王の下を訪れた白い賢者は、王妃の魂が月にある事と、月へと至る方法を王に告げたという。喜んだ王は早速の建設に取り掛かった。街が幾つもすっぽりと収まってしまうほどの巨大な土台を作り、雨の日も風の日も一日とて休む事無く自ら先頭に立ち作業を行なった。

 そんな王の姿の人々は心うたれ、心を一つにして塔の建築は進む。やがて、塔はもはや肉眼ではその頂点を見る事は叶わないほどに伸び、影は大陸の端から端へと届いたという。

 いくつかの山が煉瓦となって消える頃、塔の頂点では王が一人足場を組み建築を続けた。月はもう間近にあった。


 人々は毎日塔を見上げ、王の無事を祈り、そしてこの巨塔を作り上げた自分達を誇りに思った。

 けれどある日、塔を建築する音が途絶え、間もなく塔は消え去った。崩れたのでもなく、倒れたのでもなく、忽然と消え去った。それはある意味幸いであったのかもしれない。塔が崩壊していれば、大陸全土にとり返しのつかない被害を与えていただろうから。

 ただ、人々はその日から互いに争いを始める。まるで塔と共にそれまでの結束が跡形もなく壊れてしまったとでも言うように……。


 王が月に辿り着けたのかどうかは分からない。

 伝える者もいなければ確かめた者もいないからだ。

 ただ、伝説はこう結ぶ。

『以来、一年に一度月は己が自身にもっとも光が満ちた時、地上へと舞い降りるようになったのだ』、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る