埋葬図書館

 蝋燭のか細い光が辛うじて闇を照らす。

 さてと呟いて周囲を見回すが先ほどと何ら変わる所はない。左側にはぽっかりと闇が口を開き、右側には壁の代わりに書物がぎっしりと収められた書架がそびえている。そして私は、細い螺旋階段の縁にいた。


 大陸の何処かにこれまでに記されたありとあらゆる魔術書、禁書、奇書が収められた場所があると、そんな噂がある。あまりに曖昧で本来ならは作り話として一笑に伏されてしまうものだが、奇妙な現実味を帯び、その存在を固く信じるものも多い。それは、これまでにも何度か存在するはずのない書物が迷い込んだ者の手によって持ち出されているとされているからでもある。


 右手に触れる書物の乾いた感触を頼りに階段を下っていく。もし仮に足を踏み外したならばさて、一体何処まで落下をしていくだろうか、不穏な考えが過ぎる。

 蝋燭の炎のか細さを差し引いたとしても足元に広がる闇の深さは人の想像を遥かに超えているように思えた。越えていると言えば、ここに収められているであろう書物の数も想像を超えている。明かりの届く範囲全てに一分の隙もなく書物が収められている。おそらくは光の届いていない他の書架もそうなのだろう。だとすれば一体どれだけの書物がここに収められているというのだろうか……。


 不意に呼ばれた気がして足を止める。目に入ったのは右手を添えている一冊の書。『異界伝承』と読めるはずのない文字が口から零れる。それはあの『書の邸』でさえ、不完全な写本でしか所有していない幻書だ。その隣りには『神滅戦真話』『暗夜行使諸説』……存在だけは噂される書名が続く。書使であれば命に代えても持ち帰ろうとするに違いないが、私にとってはそこまでの価値を持ち得ない。

 吐息が一つ洩れた。それがまずかったのか、ただでさえ小さくなっていた蝋燭の炎が大きく揺れた。あ、と思った時には既に遅く、小さな音と共に闇が私を包み込んだ。


 私は古い本特有の匂いに満ちた古書店の中にいた。いや、初めからここにいたのだと思う。では、あれは何だったのか。幻だ。この世にはそういう事にしておいた方がよい事が度々ある。だから、店を出る時すれ違った白い長衣の奇妙に印象が薄い男の『楽しめましたか?』の問いに私は曖昧な笑みを返す。

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