月降祭

 其処に辿り着いた時、蒼に黒を注いだ天鵞絨の空にその輝きは浮かび上がっていた。

 漣も、波紋も一つとしてない鏡面湖の淵に白頭衣の人々が集っている。彼らも衣擦れの音さえさせぬようにと息を潜め、耀きを増す月を見上げていた。


 空が蒼さを増し光焔が水辺に舞うようになる頃、灼熱の季節は終焉を告げる。月は死者の魂を己が内に目一杯受け入れ、一年に一度だけ真円を描く。天蓋と月と鏡面湖と大地、この四つを一本の線に結ぶ為に、これ以上ない程に煌く。

 その時にこそ、死せる者達の魂は仮住まいたる月から扉である鏡面湖の水面を潜り此処ではない何処かへと向かう。それは、遥か時の彼方より定められた理だ。

 だからこそ、人々はただ今一度見える事を願い想い祈り、迎え見送る為にこの場所を訪れる。


 静寂の内で月光は舞い降り形を失い、居場所をなくした耀きは鏡面湖に宿り水面を金色に染めあげる。音にならない切な願いと想いを秘めた祈りが広がり、懐かしい姿が浮かび上がる。皆が束の間の邂逅を喜び、懐かしみ、分かち合う。

 やがて、天蓋には細い糸にも似た光が生まれ宿り、鏡面湖の耀きは薄れていくけれど、それを嘆くものは誰もいない。

 別れは一時の事と皆が知っているから。

 今はただ、私も愛しい人に別れを告げよう。『いずれ、また』と……。


 人の気配も消え、祈りの言葉が途絶えても、灼熱の残滓を帯びた大気に踊る光焔の淡い光だけは残るはずだ。再逢を誓い約束するかのように、いつまでも、いつまでも。

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