紅の荒野

 その地は、紅い。

 世界を渡る風も、巡る水も、命を育む筈の大地さえも、紅い。

 命あるものを完膚なきまでに拒み、暖かな陽光さえも血の色へと染まる。

 ここは地の果て、かつての神滅戦の爪痕を最も深く遺す戦場跡。


 くっきりと分たれた境界線を跨ぐその瞬間から、世界が変貌した。視界に入る全てが紅い。枯れ果て骸と化した木々は無残な姿を深紅に変えて長い時に晒されながらも朽ち果てる事さえ出来ずにいる。もはやどのような形をしていたのかさえわからなくなった巨大な何かの残骸が其処彼処に転がり戦いの激しさを僅かながらも今に伝えている。

 このような場所でさえ人は己が版図に加えようと、苗木を植え作物の種を蒔き家畜を放した。けれど、苗木は育つ事なく深紅に染まり、種は芽を出さず家畜は次々に衰弱していった。いや、移り住んだ人々さえも消え去った。厳しい環境に耐えられず逃げ出したのだとも、荒野に巣食う神々の亡霊に食われたのだとも、虚実入り乱れ様々な憶測が生まれたが、真実を確かめたものはいない。

 わかっているのは、この荒野が全てのものを紅く染め上げる事だけだ。


 いや、ただ一つ。


 膝を折り祈りを奉げる乙女の姿にも似た無名碑が。今、私の目の前に在る。

 荒野全てを見渡せるこの場所で、ただ一つだけ吹き荒ぶ紅い砂塵にも染まらず、紅き陽光に白く輝きを返し、なにものにも侵される事なく、ここに在る。

 ただの一文字も刻まれていない無垢なそれを、かつての戦いで散っていった者たちを弔う為であると、そして二度と神が現れぬ為の封印であると人々は口にする。

 けれど、私はいつか傷が癒えるのを見届ける為に在るのだと。

 そう信じたい。

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