硝子の森
きしり、きしりと歩みの度に音が軋む。
防塵布を通してさえ、どこか息苦しく口の中にざらついたものが溜まっていく、そんな錯覚に捕らわれた。
体の周りを漂うのは微小なとても微細な、この森全てを構成する唯一の要素である硝子。揺れる度に澄んだ音を響かせる葉も、命に溢れているはずの花も、地に広がる落葉も何もかもが透明で冷たい硝子で出来ている。石絹と鋼を織り込んだ防塵服と防塵布、顔の半分以上を覆う眼鏡がなければ一時とここに留まる事は出来ない。
呼気に混じる欠片は喉を傷つけ、生きた刃と化する枝葉は皮膚を切裂き、全ての物から放たれる硝子の輝きは容赦なく瞳を射るだろう。本来命が育み溢れる場所でありながら、ここは生あるものを全て拒む結界と化していた。
そのような場所でありながら、近隣の街や村では、年に一度選ばれたものが森を訪れる。一つの儀式の為だ。
それは森の外輪部から一歩奥へと踏み入った場所で行われる。大気の流れが止まり、光が強く、そして微かな振動で地に積もった硝子が舞い上がってしまうほどの静寂が横たわる場所だ。
そんな場所で、選ばれたものは音を発する。
出来るならば声が良い。『あ』とでも、『ら』とでも思うが侭に声を発すれば良い。あるいは。硝子と硝子、金属と金属を叩きあわせて響く高く長い音でも良い。
今も私の目の前で今回の選ばれたものが硝子と硝子を叩きあわせている。
微かな空気の動きが枝を震わせ触れ合う梢と舞う落葉が協奏している。高く澄んだ音色は樹々の間を渡り調べとなる。調べは、やがて合唱となり近隣の街や村に始まりを告げるのだ。森の奥深くで今も眠る姫君を慰める祭の始まりを……。
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