開かぬ小匣
いつの頃からかははっきりとしないが、そこにあり続ける小匣がある。両の手に乗るほどの大きさの、飾りも数個の宝石が嵌め込まれただけの小さな匣だ。ただ、匣を形作る材質は宝石以外まったくの不明で、さらに言ってしまえば誰も小匣の中身を目にした事がない。蓋があり、合わせ目があり、鍵穴があり、振れば確かに何かが入っている音がするのだけれど、鍵は見つからず開ける事は叶っていない。かつて無理矢理に抉じ開けようとした事もあるそうだ。大金槌を力任せに叩き付けるような単純な打撃から、複数の魔晶石を使っての結界式破壊法といった甚だ乱暴なものまで、様々な方法が取られたが、傷一つ付ける事さえ出来なかったと言う。
そのような背景もあり、小匣の中には小匣の作り方自体が入っているのだという説が大きい。実際にそれを信じた者たちが争奪戦を繰り広げた時期もあったそうだが、結局誰一人として小匣を開放は出来なかった。開けて手に取れない中身にどれほどの価値があるというのか。
今は、珍しいという価値以外失った小匣を開けようという者もなく、古い社のうちに静かに収められている。まるで初めからそこにあったかのようなその様子に思わず苦笑する。この小匣にとって人の思惑など何の関係もないということなのだろう。考えてみれば可笑しな話になるが、ずっと在り続けた小匣であるのだから、そう感じるのも不思議な事ではないのかもしれない。敬意を払い小匣を手に取れば、見た目よりもずしっとした重みが感じられた。軽く揺すってみる。確かに内側で何かが揺れた。
その時、『鍵穴を覗けばいいよ』と言ったのは、ここまで案内してくれた村の少年だった。言われるままに鍵穴を覗き込む。中身の見えるはずのない鍵穴の向こうに、限りなく蒼に近い澄んだ闇が広がり、色鮮やかな光の群れが弾けていた。
唖然として、顔を離すと、少年がどこか誇らしげに笑っていた。
つられるように私も笑う、声を出して。
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