8話②
そんなある日のことだ。私はいつものように休み無しで掃除だの皿洗いだのを済ませ、すぐに接客へと向かった。私の接客する席には会社の上司と後輩と見られる団体が座っていた。私は席に着くと、1番端に座っているメガネをかけた男の人に話しかけた。
「こんばんわ〜。はじめまして。お願いします。お兄さんいい顔してますね〜。」
正直顔なんて見ていない。いつも流れならここから世間話や趣味の話になる。しかしこの時は違った。男は私の顔を見つめると、眉をひそめ小さな声で、
「大丈夫ですか?」
そう声をかけてきた。私は声が出なくなった。初めは理解が出来なかった。
「な…なんのことですか?」
「いえ…顔色が悪いので…つい…。」
私は顔をおおった。何故だろうか。どんなに辛くても出なかった涙が滝のように溢れてきた。私は裏方へ走っていった。そして涙が収まるのを待った。しかし止めたくても無限に湧き出てくるのだった。結局とまったのは店の閉店時間をすぎた頃だった。私は席に戻ると1枚のハンカチが置いてあった。忘れ物かと思い、中を広げてみると1枚の紙が入っていた。そこには
「何かあったら連絡してください。」
そう書いてあり、その下にはあの男の人のものと思われる電話番号が書いてあった。私はその紙をそっとポケットにしまった。今すぐにでもかけようと思ったが、夜も遅いので次の日にかけることにした。
朝、目が覚めると昨日の泣いたからか、目が赤く腫れていた。そして枕元にはあの人の電話番号が書かれた紙が置いてあった。
「夢じゃなかったんだ…。」
正直夢であって欲しかった。名前も知らない見ず知らずの人に泣き顔を見られ、挙句の果てに勝手に仕事をサボってしまった。こんなこと、オーナーが知ったらどんな罰があるか分からない。私は大きくため息をついた。
その日の夕方、店が空く前の時間にオーナーに呼び出された。案の定昨日のことだった。
「昨日は何があったんだ?従業員から急に持ち場から離れてしまったと聞いたが...。」
「…ごめんなさい。勝手に持ち場を離れてしまって。コンタクトが目の裏側に入り込んじゃって、あまりの痛さに勝手に裏方へ下がってしまいました。」
私は咄嗟に嘘をついた。夜の仕事をこなすものとして、お客様とはあまり密接な関係にあってはいけない。それが暗黙の了解だからだ。
「そうか、それなら仕方ないな。だがこれからは一言声をかけてくれよ。」
「わかりました。ご迷惑かけてすいません。」
そう言って部屋を出た。そしてまた私は大きくため息をついた。
(忘れなきゃな…)
私は心のどこかにむず痒さを覚えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます