第4話 凄絶なるアストライアー

「君が今日、私を訪ねてきた理由はぼんやりとだが分かっているつもりだ。単に中等学校以来の久闊きゅうかつじょするというわけではあるまい。君は作家だ。しかも、大衆作家だ。芸術性よりも、読者が求める娯楽を提供しようという、現代性と生産性を重視する稼業だ。だから、おそらく君は、私から何か読者を喜ばせるような面白い話のネタを得られないかと、そう思ってきたのだろう? あの戦争で、あの広大無辺な非情の空で、私が体験したなにがしかの興味深い出来事、それを聞きたいと思ってここに来たはずだ。違うかな?」


「いや、私は怒っているわけではない。確かに軍人というものは無意味なまでに誇り高くて、自分の経験した命がけの戦いを飯のタネにされるのを嫌うものだ。だが私は違う。たとえ二束三文の原稿料のためでも良い、私は、私の戦いを作家の手によって記述してもらいたいと思っている。そもそも私が中途で学校を抜け出して飛行士を志したのも、作家たちが書いた大空の勇士たちの物語に憧れたからだ。だから今日、私がこれから君に話すことは、すべて作品に生かしてもらって構わない」


「それにしても、いったい何から話したものかな? 君は、私が南方の空で夜間戦闘機の操縦者として飛んでいたことは知っているかね? きらめく星々の大海をただ単機、黙然と孤独に飛び、僅かな月明りを浴びつつ獲物を求めて徘徊する、夜の狩猟者。それが夜間戦闘機だ。夜に生きる者の宿命だが、あまり華々しい話はない。昼の空の王者であるワシやタカを国鳥にする国家は多いが、フクロウやミミズクを象徴にする国家はないだろう? それと同じだ」


「まあそれでも、作品になるかどうかは別として、君の興味を惹くような話はできると思う。私自身、もはや戦後二十年が経過しているというのに、あの一連の出来事の意味を図りかねているのだ。少なくとも、科学では説明のつかない、不思議な話なのは間違いない……」



☆☆☆



「君とは中等学校の入学式で知り合ったな。私は運動が得意で、君は勉強が得意だった。互いに互いの足りない部分を補いあうという、理想的な友情を育むことができた。そろそろ第四学年に差し掛かろうかという冬に、私が飛行士になるべきか迷っていた時、真っ先に私の背中を後押ししてくれたのも君だった。思えば受験に必要な学力も、君がいたからこそ私は涵養することができた。特に古典や外国語など、君が教えてくれなければ……いや、あまりこまごまとしたことを掘り起こすのはやめよう。君が聞きたいのはこういう話ではないだろうからな」


「私は飛行士になりたかったが、しかし軍人にはなりたくなかった。私が憧れていたのは冒険飛行家だ。大陸から大陸へ、海洋を横断し、荒涼たる原野と峨々ががたる山脈を飛び越え、人々の夢と希望を叶えるために飛ぶような、そういう存在に私はなりたかった。だが、時代が時代だった。十代の若者が飛行士になるには、必然的に軍の少年飛行兵にならざるを得ない。迷った末、私は海軍の航空隊に入ることにした。泥臭い陸よりも海のほうがまだロマンがあると考えたわけだ。至極純粋で、稚拙な考えだったが」


「訓練のことについて、あまり話すことはない。厳しく、辛く、戦後の民主主義社会的価値観からすれば人権蹂躙と言っても良いようなこともあったが、その分だけ私と私の同期生たちは強く、実り豊かに育っていった。折しも大戦争勃発の気配が濃厚に漂っていた時期だった。誰もがみな戦いを予感し、そして戦いを望んでいた。私を除いてね」


「決して表に出すことはなかったが、私はその時でもまだ冒険飛行家の夢を捨てていなかった。戦闘機に乗って敵機を追いまわしたり、爆撃機や攻撃機に乗って敵の艦船を沈めたりといったことには、まったく興味が持てなかった。そういうことは、戦闘のために空を利用しているに過ぎないと感じたからだ。私はもっと純粋に、ただ飛ぶためだけに空を飛びたかった。だから乗るなら輸送機か、偵察機か、観測機か、そういった戦闘を本務としない機種が良いと思っていた。これがいかに浅慮だったかは、戦場に出てから思い知ることになったが……」


「希望機種調査の際、同期生の全員が戦闘機を第一志望とした。そう書かなければならない風潮があった。もし偵察機や輸送機などを第一志望としたら、きっと『貴様には敢闘精神が足らん!』などと言われ、足腰が立たなくなるまで殴られただろう。だから、私も戦闘機を第一志望とした。ご丁寧に志望の字を二重線で消して、『熱望』と書き直しまでしてね。心の中では『どうか落ちますように』と願いながら……当時の世の中には戦闘機操縦者になりたいという夢を抱いている子どもたちが大勢いたのに、私はそんな不純なことを願っていたわけだ」


「不運な偶然というか、それとも当然の帰結というか、私の願いは叶わなかった。たしかフランク人の戯曲に『いやいやながら医者にされ』というのがあったな。私もちょうどそんなことになった。『いやいやながら戦闘機操縦者にされ』てしまったのだ。私は同期生三十五名中成績がトップだった。私がさきほど『熱望』と書いた理由が分かっただろう? 組織において、トップの者にはそれなりの考え方と振る舞いが求められるものだ。実力があれば自由になれるというわけではない、いやむしろ、実力があればあるほど不自由になるのが軍隊だ」


「まあ、戦闘機に実際に乗り始めてからは、私の考えも次第に変わっていった。戦闘機はとにかく、小回りが利く。敵機を撃ち落とすための合目的的な飛行とはいえ、『俺は空を支配している』という満足感が得られる。支配! 若者にとってこれほど魅力的なものはあるまい? 私も次第にそれに感化されていった。私自身に射撃と機動の類まれなる才能があったのも強く影響した。不幸なことに、私は戦闘機操縦者として逸材だったのだ」


「ほどなくして、あの戦争が勃発した。私は艦隊ではなく、陸上航空隊に配属された。初陣は大陸の空だったが、戦線が南方へ急拡大するにつれて、私の戦場も南へと移った。大火山の噴煙たなびくニュー・アルビオン島、そのシンプソンハーフェン基地に着任したその時までに、私は既に大小合わせて十機の敵機を撃墜していた。確か新聞の記事にもなったはずだ、『若き空の勇士たち』などという見出しで……」


「その頃の私たち勇士の悩みといえば、もっぱら敵の夜間爆撃機だった。敵は夜ごと単機で、複数回に分かれて飛んでくる。私たちが昼間の酷暑と戦闘で疲れ切った体を、宿舎のハンモックの上でようやく休ませることができるその時を見計らったように、敵機は忍ぶようにエンジン音を絞りつつ飛んでくるのだ。奴らは優秀な観測装置を積んでいて、悪魔も眠る暗闇の中、正確に照準をつけて爆弾を投下していく。毎晩、なにがしかの被害が出た。格納庫だったり、弾薬庫や燃料集積所だったり……死者が出ることも少なくなかった。ある夜などは、狙いを逸れた大型爆弾が防空壕に直撃して、十人以上が一度に生き埋めになったことがあった。バラバラになった手足と引き裂かれた胴体が土から出てきた時は、思わず身震いして顔を背けたよ。その時になって初めて、私は戦争の本当の姿を見た気がした」


「夜、私はしばしば空を見上げ、しばらく眺めたものだった。南方の空は内地とはまったく異なっていた。優しい星明りを浴びつつ、月光に憩い、恋人たちが愛を語り合うような内地の夜空とは違い、南方の夜空は凄絶せいぜつな迫力を持っていた。星降る夜という言葉があるが、その本当の意味を知りたければ君も南方に行けば良い。その夜空には天空の神々の原初の息遣いがある。地を這い、大地に醜い傷跡を残しながら僅かな糧を得る矮小な私たちを、虫カゴの中の虫どもを眺めるような無機質で冷ややかな視線で以て眺める、超越的存在の気配を感じられるはずだ」


「そのような神々が住まう夜空を切り裂いて飛来する敵機に、私は敬意と、それ以上の怒りを抱いていた。いや、怒りというよりも嫉妬の念というべきか。彼らは危険に立ち向かっていて、成果を上げている。彼らは夜ごとに大きな冒険を繰り広げ、夜空を支配しているのだ。君は知るまいが、夜間飛行というものは大変困難なものだ。星の大海を飛ぶと、次第に自己と外界との区別が失われていく。いつの間にか飛行姿勢を崩していて、気づけば背面飛行をしているなんていうこともある。最悪の場合は、空間識失調くうかんしきしっちょうで墜落だ。そんな危険をものともせず飛ぶ彼らに、若い私が『俺も夜空を支配したい』という青臭い対抗心を燃やしたとしても、特段不思議ではあるまい?」


「司令部も対策を練っていた。彼らはレーダーを積んだ新型の夜間戦闘機の配備を本国に求めていたが、それが到着するにはなお時間がかかる見通しだった。不充分であることは分かっていても、手持ちのカードで戦争するしかない。昼間用の単座戦闘機を黒く塗装し、それを飛ばして、敵に対抗することになった。私はその役目に真っ先に志願した。神々の領域に挑戦したかったのだ。訓練生時代に、夜間飛行の手ほどきは受けている。私はすぐに夜戦要員として選抜された」


「さて、ここからが問題だ。あの星降る夜に体験したことを、私はこれから包み隠さず君に話すつもりだが、おそらくそれは君にとってにわかに信じられない内容だろう。しかし、作家というのは信じられない話をもっともらしく書くのが仕事だろうから、私の話はきっと良いネタになるに違いない」


「私はあの夜空で、一人の女に出会ったのだ」



☆☆☆



「最初の一週間、私は何も戦果を上げられなかった。飛ぶことに支障はなかったのだが、敵機を捕まえることができなかったのだ。敵機の来襲方向はその時々で異なっており、ある時は真っ直ぐ海上から基地上空に突っ込んでくることもあれば、次は裏をかいて大きく迂回し、火山のほうから飛んでくることもあった。地上からの誘導もない。その頃の我が軍にはレーダーがなく、敵機の探知はもっぱら聴音機とサーチライト、それから目視に頼っていた。こんなことで敵を見つけられるわけがなかった。そのことを司令も飛行長も分かっていたのか、私に辛く当たることはなかったが、それが却って私を焦らせた」 


「八日目になって初めて、私は敵機を捕捉した。思い切って方針を変えて、基地上空から離れずに敵を待つことにしたのだ。この方法だと敵の爆撃を阻止できないが、しかし敵を見つけられる可能性は多少上がる。事実、その通りになった。夕暮れの飛行場を離陸し、三時間ほど待った。暗い地上に突如として紅蓮の花がパッと咲いたその瞬間、弾薬庫が爆発したのか、巨大な火の玉が出現した。その炎に照らし出された敵の五人乗り双発爆撃機が、海上へ滑るように飛んでいくのを私は目撃した」


「私はすぐさま敵を追いかけた。しかし、爆弾という重荷を捨てた敵機の足は速く、なかなか追いつくことができない。敵は私の存在に気付いているのか、それとも気付いていないのか、いずれにせよ機首を下げ猛スピードで戦場から離脱していく。私は舌打ちをした。こちらは戦闘機だというのに、鈍重な爆撃機に追いつけないとは……」


「心の中で、ムラムラと敵愾心てきがいしんが湧き起こった。燃料ならば充分にある。このまま追いかけて、奴を絶対に撃墜してやる! スロットルを全開にし、機首を下げて位置エネルギーを運動エネルギーに変換すると、私は猛然と奴を追いかけ始めた。その甲斐あってか、はじめはなかなか縮まらなかった距離も、だんだんと詰まってきた」


「だが、私は目を酷使しすぎた。敵機の姿は次第にぼやけて幽霊のようなシルエットになり、ついには見えなくなってしまった。私はほぞを噛んだ。既に基地から百リーグ離れた海上だ。新手の敵機が基地に来ているかもしれない。引き返そうか? いや、必ず敵機はまだ近くにいる。きっと捕捉できる。挫けそうになる自分を励まして、私はもう一度索敵するために周囲を見回した。その時だ」


「私の機体から見て三時の方向、つまり右手の方向だが、そこに何かが飛んでいた。淡く光り輝く、白い粒子を無数に撒き散らして飛ぶ何かだった。私と並行するようにして飛んでいる。光に包まれているせいで、その大きさはよく分からない。私は思わず息を呑んだ。一瞬、敵の新型の夜間戦闘機かと思ったが、それならばこれほどまでに光を放つわけはないと、すぐにその考えを振り払った」


「正体不明の飛行物体は、私の機と同じ時速四百二十リーグでなおも飛び続けている。新種の鳥類か? しかしいくら未開の南方とはいえ、これほどの高速で直線飛行できる鳥類がいるわけがない。それならば、幻覚だろうか? 酸素供給装置が故障していたり発動機の排気が操縦席に流れ込んだりしていると、飛行中に酸欠になって幻覚を見ることがある。私は光る物体に意識を向けつつ機体を素早くチェックした。どこにも異常はない」


「こうなるともう、私にはそれ以上考えることは不可能だった。光る物体と編隊を組むように一緒に飛んでいる、そんな状態が数分続いた」


「突然、光る物体は鋭く旋回して、私に近寄ってきた。私はその時、ようやくその正体に気づいた。それは女だった。若い女だった。私たちの民族とは違う、目鼻立ちの整った美しい顔をしている。長い髪は金色で、肌は白い。歳の頃は私とさほど変わらない。ほっそりとした体に、古代ヘラス人が着ていたような緩やかな純白の衣服を身に纏っている」


「何より私の目を惹いたのは、彼女の背中だった。そこからは巨大な一対の白い翼が生えていた。力強く左右に展開しているその翼からは、まばゆいばかりの光の粒子が惜しげもなく大気へと振り散らされている。まるで星々の守護者であるかのように、彼女と彼女の翼は夜空に存在感を主張していた」


「呆然として眺める私と彼女の目があった。私はぞっとした。彼女は氷のような無表情だった。そのうえ、光り輝く彼女の体とは対照的に、彼女の灰色の瞳は何も映していないかのような、完全なる空虚を宿していた。やがて、彼女は口だけで薄い笑みを浮かべると、そっと右手で何かを指し示した。その先に、私が追い求めていた敵機が忽然と姿を現した。距離はもう二百メートルもない。やはり近くにいたのだ。私はその時、これだけ光っているものを連れていたら敵に存在が暴露してしまうと、一瞬焦った。しかし敵は、何事もなかったかのように飛び続けている」


「彼女は翼を力強く羽ばたかせると、ぐんと増速して私から離れていき、今度は敵機のそばにぴったりとくっついた。離れているのに、私には彼女の一挙手一投足がよく見えた。見る間に、彼女は白銀に輝く光の粒子を吐息に乗せて、ふぅっと敵機に吹き付けた。敵機は瞬く間に燐光に覆われていくが、敵の搭乗員は何も気づいていないのか、動きに変化はない」


「彼我の距離は既に五十メートル。私は後上方に占位した。攻撃するには絶好のポジションだ。敵の防御銃座からの反撃はない。有翼の女は未だに敵機と並行して飛んでいる。だが、私は迷っていた。なぜかは分からないが、今だけは撃ってはならないような気がしてならなかった。その時、女がこちらに顔を向けた。距離があるのに、私は彼女に顔を覗き込まれている気がした。無表情のまま彼女が口を開いた。聞こえるわけがないのに、確かに私の耳には聞こえた。『撃て』と……」


「気づいた時には、私は機関砲の発射ボタンを押していた。四門の機関砲から耳障りな発砲音が連続し、赤色の曳光弾のシャワーが敵機の左エンジンから胴体にかけて降り注いだ。見る見るうちに、光り輝く敵機は真っ赤な炎に包まれた。がっくりと項垂うなだれるように機首を下げると、敵機はそのまま降下し、十数秒後には海面に激突して波しぶきを立てた」


「撃墜の喜びを味わうことなどできるはずもなかった。私は、有翼の彼女がどうなったのか、それだけが気がかりだった。見ると、彼女は波間に没した敵機の真上に羽ばたきもせずに滞空していて、どういうわけか両手を広げていた。すると、海の中から五つの光の玉が浮かび上がってくるのが見えた。光の玉は彼女のほうへ吸い込まれていく。それぞれが逃げようとするかのように藻掻いたが、ほどなくしてすべて彼女の胸の中に消えていった」


「気づいた時には、彼女は消えていた。私は正気に戻ったような心地がした。フルスロットルで追いかけたために、燃料は残り少ない。私は基地に帰ることにした。帰りながらも、私は自分が見たものの意味について考えていた。あの五つの玉は何だったのか? 玉を回収する彼女はいったい何なのか……?」


「初の夜間撃墜に上官も仲間たちも喜んでくれたが、私は釈然としない思いだった。あの撃墜は、私自身の実力によるものではない。彼女が示してくれなければ、今回もまた夜空に負けて、むなしく敵機を逃していただろう。それでいて、私は誰にも彼女の件について相談することができないのだ。そんなことを口に出せば、私は航空神経症と判断されて、夜間飛行を禁じられるに決まっている」


「私は、せめて正体不明の彼女に名前をつけることで、割り切れない気持ちに整理をつけることにした。星降る夜の空に燐光を纏って降臨した有翼の女。はっと思い当たることがあった。ヘラスの神話に『星の乙女』と呼ばれる、アストライアーという女神がいたはずだ。有翼の星の女神。そうだ、彼女をそう呼ぶことにしよう……」



☆☆☆



「私はその後もアストライアーと遭遇した。彼女は決まって星降る夜に出現し、私が敵機を見失うと、最初の時と同じように光の吐息を吹きかけて、私に目標を指し示した。私は撃墜戦果を重ね、一カ月も経つ頃には八機の爆撃機を仕留めていた。この間の経緯については、自由自在に脚色してくれて構わない。作家としての力量を存分に発揮して、私がアストライアーとともに夜空で戦果を上げる様を描くのは、きっと仕事全体の中でも特にやりがいのある部分だろう。尤も私にとっては、今やどうでもよいことだが……ともあれ、レーダーもない時期にあって、これは驚異的なことだった。私は南遣艦隊司令官から個人感状を授与された」


「その頃になると、私はすっかり安心しきっていた。いや、油断していたというべきかもしれない。初めはアストライアーに恐怖にも似た感情を抱いていたが、今では救いの女神とでも言うような崇拝の念を覚えている。彼女がいれば戦果は約束されたも同然だ。危険な夜空も、今や勝手知ったる狩猟場に過ぎない。自分はもはや地を這う人間ではなく、夜空の覇者である猛禽類だ。哀れな犠牲者に音もなく忍び寄り、鋭い爪を突き立て、易々と肉を貪ることができる……」


「その夜の出撃前、私はつい仲間の一人に、問われるままに自分の戦果の秘密を話してしまった。その仲間は私と同年代で、特に親しくしていた者だった。私がアストライアーについて語ると、彼はなぜか深刻そうな顔をして言った。『なあ、大丈夫なのか、俺にそんなことを話して。いや、お前の精神がおかしくなっていると言いたいわけじゃない。ただ昔話でもよくあるように、怪異が力を貸してくれているのを誰かに話すと、話した者には不幸が降りかかるというじゃないか……』 私は笑って答えた。『あれは怪異じゃない。俺の女神だよ』と」


「その夜も、満天の星空だった。私は周囲に警戒しつつ、アストライアーがやってくるのを待った。だがその日に限って、なぜか彼女はやって来なかった。もうしばらく待ってみたが、それでも来ない。おかしいとは思ったが、やがて気を取り直した。そうだ、俺は夜空の支配者だ。全知全能であるがごとく飛び回り、意のままに敵を殺すことができる。アストライアーがいなくとも、もう何も問題はない……」


「ほどなくして、私の目は敵の爆撃機が超低空で海上から侵入してくるのを捉えた。私は機体を降下させ、一連射を浴びせた。敵機は脆くも空中で爆発した。私はほくそ笑んだ。『やっぱり、アストライアーなしでも俺はやれるぞ』と」


「その日はなぜか敵機が多かった。通常、多くとも一晩に三機しか来ない奴らが、五機以上いる。私はわき目も振らずそれらを追いかけた。私に襲われた敵機は例外なく火の玉と煙の輪になって消えた。星降る夜に、私は残虐な殺戮劇の舞台をただ一人、夢中になって跳ね回っていた」


「五機目を海上で撃ち落とした後、戦場は小康状態となった。私はキャノピーを開けて座席ベルトを緩め、一つ深呼吸をしてから夜空を見上げた。つい先ほど大量殺人を見せつけられていたはずなのに、星々は相変わらず輝いていて、媚びるように私に光を投げかけていた。私は思わず独り言ちていた。『今ならお前たち星々だって撃ち落とせるぞ!』と」


「突然、私の機体が機首から尾部に至るまで強く光り輝いた。何かに照らし出されているのではなく、私の機体そのものが発光源であるかのように、数えきれないほどの光の粒子を纏っている。私はこの光に見覚えがあった。これは、アストライアーの吐息だ! 狼狽して視線を左右に巡らせると、九時方向にそれはいた」


「そこにはアストライアーがいた。無表情のままに、私に吐息を吹きかけている。その空虚な目は私をしっかりと見つめていた。『やめろ!』 叫ぶ私に対して、彼女は息を吹きかけ続ける。『やめろ!』 再度私が叫んだ時、彼女は南方の夜空そのものの凄絶な笑みを浮かべた。そして、何かを言おうとするのか息を吹くのを止め、口を開きかけた」


「次の瞬間、私の機体は真紅の炎に包まれていた。敵の夜間戦闘機に撃たれたのだ。どうやら敵はその夜、私を排除するための作戦を立てていたらしい。爆撃機を囮にして、怨敵である私を釣り出したのだ。そのことを理解する間もなく、機体は大爆発を起こした。運の良いことに私はキャノピーを開けていたため、爆発の衝撃で機外に放り出された。数秒の浮遊感を味わった後のことは覚えていない」


「気づいた時には、私は病院船のベッドに横たわっていた。全身に重い火傷を負っており、無数の破片が食い込んでいた。担当の軍医が言うには、私が撃墜される様子は地上でも見えていたとのことで、海に落ちた私を救助するために即座に救難艇が出たらしい」


「軍医は言った。『君をすぐに救助することができたのは、一つ理由があってな。救難艇の乗員たちが、波間の上に白く光り輝く女を見たというのだ。その女は背中に翼があって、なぜか両手を広げていたらしい。そこへ向かうと、女は消えて見えなくなってしまったが、代わりに君を見つけることができたという。いやはや、その女は君にとっての守護天使か何かだったのかもしれないな』と。ふむ、使ねぇ……」


「私はその後内地に送られ、首都の海軍病院に入院した。日常生活に支障がないほどには回復したが、結局元のように飛ぶことはできなかった。各地の練習航空隊で学生たちを教えている間に戦争が終わった。私の同期生三十五名のうち、生き残ったのは三名だけだ。私が教えた学生たちもそのほとんどが戦死した」


「今でも私は考えざるを得ない。果たして、あれは本当に『星の乙女』アストライアーだったのかと。アストライアーは荒廃の一途を辿る地上に最後まで残り、人類に正義を訴え続けた慈悲深い女神だ。そんな女神がなぜ戦争に力を貸したのか? 星々の大海を行く者に力を与え、驕り高ぶる者には正義の鉄槌を下す。私が彼女に息を吹きかけられたのも、仲間に秘密を喋ったからではなく、私が『星も撃ち落とせる』と傲慢に言い放ったからではないか。そのように考えられないこともないが、しかしそれにしては、あの時あの瞬間の彼女の笑みは、あまりにも凄絶なものだった」


「この内地にいる君には、やはり理解できまい。星降る夜というのは、本当に恐ろしいものだよ」


(「凄絶なるアストライアー」終)

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