19・1 クヴェレ様がお友達を連れてきましたが

「おめでとう」


 突然クヴェレ様の声が背後でした。振り返るとたくさんの精霊に囲まれて、クヴェレ様ともうひとり、見知らぬ方が立っていた。ダークブラウンの波打つ長髪にやや浅黒い肌。黒曜石のような瞳。そして性別不明で目をみはるほどの美貌。きっと地の精霊王テッラ様だ。


 ふたりに向かい膝を折り頭を下げる。

「祝福をありがとうございます」

 エドとわたくしの声が重なる。

「うむ」とクヴェレ様。「こちらは地の精霊王テッラだ」

「お会いできて光栄です」またもエドとわたくしの声が重なる。


「面を上げよ。―テッラ。この娘が我の愛し子リリアナぞ」とクヴェレ様。心なしか声が弾んでいる。「この男はわかるな。魔術師だ。実物と対面するのは初めてか」

「うむ」

「後ろにいるのが、ナイフ、スプーン、フォーク」

「見ればわかる。名付けのセンスがないにもほどがある」

「……わかりやすくて良い名ですぞ」遠慮がちにナイフが言えば、

「そうそう!」とフォーク、

「気に入っているもの」とスプーン。


「そうか。余計なことを言ったか」

 テッラの言葉に、背後でカトラリーたちがうなずいている気配がする。彼らは本当にエドが大好きだ。


「実はのう」とクヴェレ様。「昨日は言わなんだが、魔術師の呪いが解けるかもしれぬ方法がひとつある」

「ええっ!」

「このテッラの力を借りる」

「ではまた愛し子に?」わたくしが尋ねると、

「いや、必要ない」とテッラ様が答えた。「私は場に連れて行くだけ。対応するのはお前たちだ」


 エドと顔を見合わせる。


「そなたの呪いは、掛けた本人が贄になっておる」とクヴェレ様。「しかも途方もなく強力な術ゆえ、通常とは異なる仕組み」

 テッラ様がうなずく。

「あの術者は現在もお前に取り憑き呪い続けているのだ」

「取り憑いている!?」

 エドが素っ頓狂な声を上げ、カトラリーたちは悲鳴を上げてエドを取り囲んだ。


「探しても見えぬぞ」とクヴェレ様。「《狭間はざま》よ」

「《狭間?》」とエドが繰り返す。

「そう」とテッラ様。

「どういうことですか?」尋ねるわたくし。

「この呪いによって、お前の一部分が《狭間》にある」

 途端にエドの体を確認するカトラリーたち。


「目に見える箇所ではない。私もあれがなんなのかはわからないのだがな。生命の具現化ではなかろうか。お前のような方をしてはいるが、ぼんやりと白く光っている。そうさな、ヒト型のランプと言えば、近いかもしれぬ。そこにあの術者が絡みつき、いまだ呪詛を吐いているのだ」

「……彼も生きているのか……!」

 エドの顔が青ざめている。

「あれをそう言っていいものかは、わからん」

 ギュッと目をつむるエド。

「あれから千年以上、経っているんだぞ……!」

 絞り出すような声。

 その手を取り、強く握りしめた。


「恐らくは術者が離れれば呪いは解ける。だが確証がある訳ではない」とテッラ様。「同じ呪いを一度だけ見た。そのときが、そうだった」

「一度……」とスプーンが呟く。

「一度でも、前例があるのは心強いわ。ものすごい前進じゃない?」

「そうだな」エドが目を開き、私を見る。

「そうよ!」テッラ様を見る。「どうやって離れてもらえばいいのですか」

「殺すしかあるまい」


「こ……!」

 思わず絶句してエドを見る。

「もう人とは言えぬよ。呪いが形になっているだけのもの」クヴェレ様が優しい声音で言う。

「覚悟はないか」とテッラ様。

「あります」エドが静かに答える。

「いや、お前は行かぬほうがいい」とテッラ様が制した。「あの光とお前とが同じ空間に存在したら、なにが起こるかわからぬ」

「でも《狭間》ですよね? いつも通っています」

「一瞬な。それに離れた場所だ」

「それなら、わたくしですね」


 テッラ様はうなずき、エドは

「リリアナには、そんなことは!」と叫ぶ。

「わたくしは、やりたいわ。エドの呪いを解きたいの」

「だが――」

「わたくしが死んだあと、エドがまた孤独になるのは嫌なの。一緒に年齢を重ねたいとも思う。だから任せて」


 エドが辛そうに顔を歪める。


「心配しないで」とフォーク。

「私たちが行くわ」とスプーン。

「リリアナは魔術師様についていてあげてくだされ」とナイフ。

 三人は胸を張っている。けれど表情は強張っているし、ナイフは胸に当てた手が震えていた。


「四人で行くがよい。魔術師は我が見ておる」クヴェレ様が言う。「我らは力は貸せぬ」

「リリアナはクヴェレ様の愛し子なのに?」スプーンが尋ねる。

「《狭間》に精霊王は行けぬ。可能なのはテッラのみ」 


 そういえば、ガエターノ殿下の専属隊を戻すのはクヴェレ様にはできないとの話だった。


「こちらから援護も不可能」とクヴェレ様。「だがあの術者はやすやす殺されるようかヤツではあらぬだろうからな」

「危険ではないのですか」尋ねたのはエド。悲痛な声をしている。

「危険ではある」クヴェレ様が答える。「だが危なければこちらに戻す。――だな?」

 うなずくテッラ様。「見守っているから安心しろ」


「それなら心強いです」

 テッラ様の表情が崩れた。仕方なさそうな笑みに見える。

「久方ぶりの愛し子と、クヴェレが阿呆のように喜んでいるからな。万全を期す」

「阿呆とは失礼ぞ」とクヴェレ様。「テッラは羨ましがったではないか」


 ふたりの精霊王は楽しそうに言い合っている。

 エドはまだ不安そうな顔だ。


「大丈夫、精霊王様がああ仰っているのだもの」

「危険もそうだが、殺すんだぞ? リリアナの手を汚させたくない」


 まだ繋いでいるわたくしの手を見る。それからエドを。


「エドの呪いが解けるなら、誇りある汚れだわ」

 渾身の力を込めて、彼が安心できそうに微笑む。

「だから、わたくしに任せて」

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