18・2 まさかのタイミングですが

「バフェット公爵。本日伺ったのは、大切なお願いがあるからです」

 真剣味を帯びたエドの声。力強くて凛々しい。『見た目はこんなだし』と弱気になっていたばかりとは思えないカッコ良さだ。

「リリアナ嬢を愛しています。彼女と結婚させていただきたい」

「ええ」

「私みたいな半ば人間ではないような者に、大切なご息女を嫁がせたくない気持ちはわかります。ですが――」

「エド!」


 彼の袖を引っ張る。


「落ち着いて、エド! お父様は『ええ』と言ったわ」

「……は?」

 ぽかんとした顔でエドがお父様を見る。お父様は穏やかな表情でエドを見つめていた。


「……結婚を許可してくださるのか」

諸手もろてを挙げて大賛成という訳ではありません」とお父様。「だけどあなたのとなりにいるリリアナは、幸せそうに笑っている。その笑顔こそが、私が見たいと渇望していたものですからね」

「お父様……」

 お父様が私に微笑む。「幸せになりなさい、リリアナ」それからエドを見る。「娘をよろしくお願いします」

「お許し、ありがとうございます」

「ありがとう、お父様!」

 うなずくお父様。


 エドが体ごとわたくしのほうを向く。

「許可を得られた。リリアナ。俺と結婚してほしい」

 え。今、このタイミングで求婚? わたくしに求婚していないことに気がついていなかったのではなくて、お父様に許可を得てからとエドは考えていたの?

 少し驚いたけれどきっと彼の中の筋道を通してくれたのだろう。


「はい。ふつつか者ですけど、よろしくお願いします」

 エドが満面の笑みを浮かべる。

「俺のほうこそ、よろしくリリアナ」



 ◇◇



「おめでとうございますぅぅう!」

 谷底の屋敷に帰り、お父様から結婚の許可をもらえたと告げるとスプーン、ナイフ、フォークは声を自分のことのように喜んでくれた。


「ああ、ついに魔術師様に伴侶が!」

「ご家族が!」

「多くの理解者が!」

 そう言って、わたくしたちの周りで輪になり跳びはねて嬉しがっている。


「あの公爵様は、我々を見ても動じませんでしたからな!」

「さすが、リリアナのお父さんだよね!」

「私が迎えに行ったときだって、素敵に対応してくれたのよ!」

「喜んでくれて、ありがとな」

 エドはそう言って、それぞれの頭を撫でる。


「俺は明日から『エドワルド・クライン』という名前になる。覚えてくれよ」

 カトラリーたちが、新しい名前を何度も繰り返す。


『クライン』は小説の主人公エドワルドの親友の名字だ。お父様によると陛下はまだ、エドにちゃんとした褒美を贈りたいと考えているようだから、戸籍を欲しいと頼むことにした。


 実はエドの本当の名前は、知ることができる。クヴェレ様がご存知らしい。泉でみんなと共にお会いしたときに、クヴェレ様が教えてくれようとした。だけれどエドは、それを拒んだ。

 理由のひとつは、わたくしがつけた名前を気にいっているから。もうひとつは、今の自分はその名前だったころの自分とは違うから。


 それは悪い意味ではなく、昔よりも成長しているはずだから、ということらしい。


「では」とナイフ。「これからはなんとお呼びしましょうか」

「エド様?」とスプーン。

「クライン様?」とフォーク。

「今までどおり、『魔術師様』で構わない。ただし、バフェット邸に行ったら『エド様』がいいな」


「バフェット邸……?」スプーン。

「に……?」ナイフ。

「行ったら……?」フォーク。

 カトラリーたちが首をかしげる。


「今すぐのお話ではないの。いずれ、ね。お父様がみなさんも遊びに来てください、って」

「ふぇぇぇ!」

 三人は奇声を発して、また跳び上がった。

「無理無理無理無理、無理ですぞっ!」 

「攻撃されちゃうよっ!」

「怖いわ!」

「気が向いたらで大丈夫よ」


「……魔術師様はあちらで暮らすのですかな?」

 ナイフが尋ねる。泣き出しそうな顔をしている。スプーンも。フォークも。

「いや、こちらのつもりだ。だがあちらにも頻繁に行く。リリアナがいなくなったら公爵は淋しいだろうならな」

 このことは、既にエドと話しあってきた。もし王妃様がわたくしの手伝いを継続してほしいとおっしゃったなら、ここから通う。エドの魔法ならば一瞬で到着できるのだから、なんの問題もない。


「良かったぁ」へにょへにょとなるフォーク。

「でも」とまだ不安そうなスプーン。「リリアナはそれで大丈夫なの?」

「もちろんよ。あなたたちと離れるのは嫌ですもの。こちらに住みたいわ」

「リリアナぁ!」スプーンがわたくしに抱きつく。「大好きよ!」

「わたくしもよ」


「で、早速、今夜はバフェット邸で晩餐を取り、泊まってくる。公爵がお祝いをしてくれるのだ」

「ええっ!」カトラリーたちがのけぞって驚いている。

 どうやらエドは、外出したまま帰らないことはあっても、他の場所で寝泊まりをしたことがないらしい。昨晩も執事が宿泊の準備をしていたのだけど、こちらに帰ってきた。


「お泊りって、どうすればいいのですかな?」

「昔読んだ小説によると、手土産が必要みたいよ?」

「手土産ってなにを持っていくの!?」

「失敗したら信用がっ!」

 慌てふためくカトラリーたち。


「大丈夫よ。これからはエドがもし失敗をしたならわたくしがフォローをすればいいのだし、その逆もきっとあるわ」

「リリアナ」

 エドが嬉しそうにわたくしの手を握りしめる。


「リリアナ様に出会えて良かった!」

 カトラリーたちが声を揃える。

「わたくしもよ!」

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