18・1 ついに申し込みですが

 ガエターノ殿下は再び離宮に送られることになった。今回は蟄居ではなく幽閉。期限は設けるけれど、犯罪者としてだ。今後彼に協力をした者は逮捕されるという。


 竜については、以前と今回目撃された竜は災厄の竜とは別の竜で、王の命に従う知性があり脅威はない、と公告した。更にエド自らの提案で今日、城下の広場の上空を竜は飛び回り、最後は王の元に着陸。王に頭を垂れて服従を見せる――というデモストレーションをした。

 これで民の不安が払拭されるといいのだけど。


 ちなみに竜が謁見の間を覗いたとき、外にいた衛兵たちに矢で射られたらしい。その事態に備えてエドが防御魔法をかけていたのだけど、そもそも矢は竜まで届かなかったとか。竜のはばたきで全て落下したそうだ。


 そして新しくわかったこと。前回わたくしが都に帰ってきたとき、エドはお父様の仲介で国王夫妻、マッフェオ殿下、大臣たちに会ったという。そこでわたくしが礼拝堂でガエターノ殿下に暴力を受けたときの様子を見せたらしい。それに彼らは激しいショックを受けて、ガエターノ殿下を見限ったそうだ。


 だけどわたくしが彼の罰を望んでいなかったから、処罰は甘く、非公式になったとか。ということは今回の騒動の原因はわたくしにある。次にこのようなことが起きたなら、情は捨てて厳正に対処しようと心に決めた。

 かつて愛した人が群衆の面前で縛りあげられる様を見るのは、辛かったもの……。


 ガエターノ殿下の支援者の中には、恋人ハンナの父親であるロマーノ男爵もいた。娘が可愛かった男爵は、王命に従ってハンナを放逐したように見せかけその実、屋敷に匿っていたそうだ。また、殿下が無謀に見える巻き返しを謀ったのは、ハンナと別れたくなかったためらしい。


 そう聞いてしまうと、ふたりは本当に真実の愛で結ばれていて、仲を引き裂くのは残酷のような気がする。だけれど大人たちの意見は一致していた。『しばらく経てばガエターノはハンナに飽きて他の女に夢中になり、ハンナを捨てるだろう。もしかすれば、また暴言暴力をふるうかもしれない』と。


 そんな人ではないと思いたいけれど、そう言い切れるほどの信頼も情も消え失せてしまっている……。




 ◇◇




「緊張するな」

 となりに座る、エドが言う。バフェット邸の応接間。外は夕闇、室内にはいくつもの明かりが灯されている。ふたりでお父様を待っている。

 謁見の間での騒動から、約一日。あと処理や、急遽決まった竜のデモストレーションでお父様は大忙し。エドはお父様に『お話したいことがある』とだけ告げてある。


 そのお父様が先程帰宅して、エドとの時間を取ってくれた。今は着換え中。もうそろそろ来るはず。


「改めて見たけど、第二王子は美男だったもんな」とエド。「性格も良さそうだし、欠点が無さそう。俺の長所なんて最強魔術師ってことぐらいだし、でも魔術師とは公言したくないから世間一般的にはただの竜使いだろ? 見た目はこんなだし、死なないし、千歳のじいさんだし……」

「ちょっと、エド!」エドの手を取る。「落ち着いて!」

「求婚の許諾を得るのは初めてなんだ」と不安そうなエド。

「わたくしもよ!」

「あのアホ王子は?」

「お父様からお話を聞いただけだもの」

「そうか」


 エドの声が明るくなった。今も付けている仮面にそっと触れる。

「顔が見えなくて不安だわ」

「公爵と三人だけになったら外す」

「ええ」

「……こんな顔が見えるほうが安心するだなんて、リリアナは変わっているよ」

「大好きな人の顔ですもの」


 開け放した扉の向こうから、近づいてくる足音が聞こえた。急いでエドの手を離して、適切な距離を保てているか確認する。大丈夫そう、と安心したところで執事を連れたお父様が部屋に入ってきた。

 すかさずエドが立ち上がる。


「お待たせして申し訳ない」とお父様。

「いえ、こちらこそお時間を取っていただき感謝申し上げます」


 ……エド。以前お父様と会ったときと、態度が違いすぎないかしら。でもお父様はなにも気にならないのか、エドに椅子を勧め早々に執事を下がらせた。

 扉が閉まる音がするとエドは『失礼して』と断ってからフードを脱ぎ、仮面を外した。


「まずはお詫びを」とエド。「リリアナの帰宅が遅くなり、申し訳ありません」

「いや、スプーンさんから事情は伺っておりましたから謝罪の必要はありません。とにもかくにも魔術師様がご回復されて良かった。リリアナときたら、ひどく取り乱しておりましたからね」

 エドがわたくしを見て、『ごめんな』と微笑む。わたくしも微笑みを返す。


 それからしばらくは昨日の件についての話となった。そのおかげかエドは緊張が解けたみたいだった。

 一区切りがついたところで、エドがまたわたくしを見た。きっと本題に入るという合図だと思い、わたくしはうなずいた。それに小さくうなずき返したエドはお父様に向き合う。

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