17・2 最後の足掻きなのでしょうが

「そうか。そなたがアレを開発した者か」陛下が穏やかな口調で言った。「褒美をとらせなければと考えていたのだ。リリアナ、よくぞ連れ帰ってくれた」


 良かった、陛下はわたくしたちの味方についてくれた!


 ほっと胸をなでおろしながら、膝を折り頭を下げる。ガエターノ殿下を幽閉すると決断した陛下ならば大丈夫だとは思っていたけれど、一抹の不安はあった。ふたりは親子なのだから。



 だけれど

「父上は騙されている!」

 と、ガエターノ殿下は叫んだ。エドの風体を詰り、こんな者が特効薬の開発などできるはずがないと、人々に訴える。

 たとえ性格が歪んでしまっていても、彼は王子。内容はすかすかでなんの根拠もない与太話なのに、話し方に説得力があるから、人々の一部は国王と第一王子のどちらが正しいのか、判断がつかないような顔をしている。

 国王夫妻やお父様、大臣たちは失望や侮蔑の眼差しだけど、ガエターノ殿下は気づいていない。意気揚々と自説を語っている。


「よしんば、この不審者が特効薬の開発者だったとしても!」とガエターノ殿下。「此奴こやつは竜と繋がりがある。己の手柄にするため自ら災厄を振り撒いたのかもしれない。だというのに、なぜ父上が盲目的にリリアナと不審者を信じるのか。父上も共犯者なのか!」



 と、部屋に影が差した。

 バサリと翼がはばたく音。



 うおぉぉぉおんんんっ!!



 耳をつんざくほどの咆哮がして、ガラスがビリビリと音を立てる。

 窓の外に竜の顔。あちこちで悲鳴が上がる。


「静かにっ!」エドが叫ぶ。「あいつは何もしない! お前たちが騒ぐと、逆に敵意と勘違いをして暴れる!」

 群衆がピタリと静かになる。床に座り込んでいる人もいる。ガエターノ殿下もそのひとりだ。


「私が糾弾されているから、心配して見にきただけだ」とエド。竜を見て「大丈夫だから大人しく待っていろ」と優しく言う。



 おぉん!



 竜は小さく鳴いて、去って行った。打ち合わせどおりに。

 バフェット邸を出る前に竜を出し、作戦を練ってきたのだ。


「あのとおり竜とは意思疎通ができるし、人々に危害を加える存在でもない。鳴き声はうるさいが、どこも破壊していない。外から私の無事を確認しただけだろう?」

 エドの言葉に人々が顔を見合わせている。

「私に懐いているぶん、私になにかが起きたらどうなるかはわからないがな」

 ちょこっとの脅しを添える。

「褒美が目的ならば」エドが続けた。「特効薬のレシピと交換でもらっている」


『それはそうだ』と大臣の誰かが呟く。


「私がそれを開発したのは、リリアナのため」とエド。「災厄の竜の谷で彼女に出会ったとき、顔は腫れひどい痣ができていた。聞けば、愛する婚約者に殴り蹴られ、挙げ句に生贄になれと命じられたというじゃないか。王子、というか男の風上にも置けない最低なカス野郎だ。だからそんなリリアナを少しでも励まそうと、彼女の懸念だった疫病の特効薬を作ったのだ」


 エドが国王陛下を見る。

「ということなので、褒美をもらいたいとは考えておりませんでした。彼女を送りに都へ来たらおかしな状況になっていると聞き、急遽登城しただけです。ただ、今は褒美をいただきたいと思っております」

「ほらみたことか! 本性を現した!」ガエターノ殿下が無様な格好のまま、叫ぶ。


「……して、望みの品は?」と陛下。

「リリアナ・バフェットの願いを叶えていただきたい所存です」

 エドは再び胸に手を当て、頭を下げた。


 人々の視線がわたくしに集まるのを感じる。心持ち背を伸ばして陛下を見据える。

「リリアナの願いとは?」

「以前わたくしは、ガエターノ殿下が罰せられるのは嫌だと思っておりました」

 視界の端で、彼が顔を歪めたのがわかった。

「ですが反省しない態度、他人の功績を奪おうとする狡猾さに愛想が尽きました。ですからわたくしリリアナ・バフェットへの暴言暴力、及び婚約中の不義について相応の処罰が課されることを望みます」

 お父様が『よくぞ言った』とでもいうように、深くうなずく。王妃様やマッフェオ殿下までも。


「私は暴力などふるっていない!」

 叫んだガエターノ殿下が立ち上がる。怒りで顔を真っ赤にしてズカズカとわたくしのほうへやって来る。すかさずエドがわたくしの前に出た。


「訂正しろ、リリアナ! 私に濡れ衣を着せるな!」

「いい加減にしろ、ガエターノ!」陛下の怒声が響き渡った。

 さすがの殿下も、びくりとして玉座を見る。陛下は珍しくも憤怒の形相で仁王立ちをしていた。


「見苦しいにもほどがある。一連のことには目撃者がいるのだぞ! だが事を内密に処理しようとした私の判断が甘かった」

 王妃様も立ち上がり、しかとうなずく。

「第一王子ガエターノ・サロモーネ。お前には、リリアナ・バフェット嬢への暴力及び殺害未遂の罪により蟄居を命じたはず。今お前がしていることは王命に背く行為だ」

「ですが――」

「衛兵、あの者を捕縛せよ。反逆行為ならびに虚言流布による煽動行為の現行犯だ」


 衛兵がガエターノ殿下に駆け寄る。

「待て!」と殿下。「あの恐ろしい竜を見てもなお、リリアナや国王を信じるのか! どう考えても悪しき存在――」

「国王陛下!」

 緊迫した声が殿下の声をかき消した。


 開け放たれた扉から、衛兵が飛び込んでくる。

「何事か」

「行方不明だったガエターノ殿下の専属隊が帰還しました!」


 エドとわたくしは顔を見合わせた。クヴェレ様だ。


「様子は? 今までどこにいた?」

「全員揃っており、体調には問題なさそうなのですが馬を無くしており――」

 そういえばエドが馬は可哀想だとかなんとか言っていたような。

「彼らは帰還するためにずっと歩いていた、と言っております」

「歩いて……?」

 陛下が衛兵に囲まれたガエターノ殿下を見る。だけど殿下も毒気を抜かれたような、間抜けな表情だ。

「はい」と衛兵。「彼らもよく分かっていない様子で。ただ帰還したい一心だった、と」


 《狭間》というところで歩き続けていた、ということなのかしら。


「竜だ! 竜のせいだ!」とガエターノ殿下。

「あいつにそんな奇妙なことはできない」きっぱりとエド。


「それで――」と衛兵が続けた。「彼らは、ガエターノ殿下にリリアナ・バフェット嬢を確実に谷に落とすよう命じられたと言っております。それをできなかったから、帰れなかったのかもしれない、とも――」

「ガエターノ」陛下が眉をひそめる。「お前、兵士たちになにをしたのだ?」

「な、なにもしていません! なにも知りません! 私だって彼らが戻ってこなくて困ったのですよ!」


 必死に首を左右に振るガエターノ殿下。濡れ衣は可哀想とも思うけど、もう庇う気持ちが微塵も起こらない。


 第一王子は手を背中側で縛られ、犯罪者のように――いえ、犯罪者として連れて行かれた。彼に迎合した貴族たちが、今は陛下たちに必死に言い訳をしている。

 なんともいえない、やるせなさで胸がいっぱいだ。




「リリアナ」エドが優しくわたくしの名前を呼んだ。「とてもカッコ良かったぞ」

 顔は見えないけれど、微笑んでいてくれるのがわかる。

「ありがとう。エドも素敵だったわ。あなたがいてくれたから、わたくしは強くなれた」


 ガエターノ殿下が消えた扉を見る。


 さようなら、かつては愛した人。わたくしはあなたのおかげで、最高に素敵な人に巡り会うことができた。

 あのときわたくしを生贄にしてくれて、ありがとう。



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