14・2 説明のお時間ですが 

「それからね、エド」彼を抱きしめたまま言う。「お亡くなりになったお方は気の毒だし、エドに非が全く無いとは言い難いけれど、あなたは相応以上の罰を受けていると思うの」

「……そうか?」

「ええ。ましてや魔術師迫害の罪は、始めたほうにあるのよ」

「……ロビンも古老もそう言ってはくれた。でも俺がもう少し賢い王子だったなら、すべて避けられたと考えてしまう」

 耳元で発せられた声には、千年のときを経てもまだエドに後悔の思いがあるとわかる苦々しさがあった。



「そうかもしれない。わたくしももっと賢ければ、ガエターノ殿下に生贄になれなんて言われる前に婚約解消をして、殿下が幽閉されるなんてことにはならなかった。――そうそう、殿下は幽閉が決まったのよ」

「当然だ」

「考えてももう、仕方のないことだわ。だからわたくしはもう、反省は済んだことにする。これからはエドとわたくしのことを考えるの」

「――そうだな。俺もリリアナと俺のことを考えよう」

「あと、カトラリーたち」

「もちろんだ」


 エドから離れる。


「もうちょっと甘えさせてくれ」とエドがわたくしを引き寄せようとする。

「あとでね。エド、あなたが病に倒れてから四週間も経っているのよ」

「はぁっ!? 四週間? 嘘だろ!」

 エドの目がこれでもかというくらいに開いている。それはそうよね。

「本当よ。とても色々なことがあったの。カトラリーたちも、もっとあなたと一緒にいたかったはずだから呼ばないと」


 うなずいたエドは人さし指を下唇に、

「戻って来い、カトラリー」と言った。

 遠くにいるときの彼らを呼ぶ魔法で、言葉とともに口から煌めきが飛び出す。それがカトラリーたちの耳に届くらしいのだけど――


「はーい!」と元気なフォークの返事がして、扉が開いた。にこにこの笑顔のフォーク。その後ろにバツの悪そうなスプーンとナイフ。

「お前ら、立ち聞きしていたな!」エドが叫ぶ。それから頭を抱えた。「ああ、くそっ。知られたくなかったのに」

「……申し訳ありませぬ」倒れそうな表情のナイフ。

「ごめんなさい。気になっちゃって」としょんぼりフォーク。

「すみません、魔術師様。だけど私たち、魔術師様の知識が増えて嬉しいです」

 スプーンがそう言うとフォークの表情がぱっと変わった。

「うん、僕たち昔の魔術師様のことはなにも知らなかったから!」

「僭越ながら、若い魔術師様は新鮮でしたぞ」


 エドは腕を下げた。なんとも言えない表情をしている。

「立ち聞きは良くないけれど、今回は多めに見てあげて、エド。みんなは四週間ぶりに元気なあなたに会えたのよ」

「……そうだな。本当に心配かけて、悪かった」


 カトラリーたちが駆けてきて、またもエドに抱きついた。



 ◇◇



 椅子が足りないので応接間で話をすることになった。エドの魔法で一瞬で移動する。以前と変わらない素晴らしい魔法っぷりに、エドが完全に回復したのだと心の底からほっとする。

 すべて精霊たちが助けてくれたおかげだわ。


「あら。そういえば精霊たちがいつの間にかいないわ」

「とっくのとうに帰りましたぞ」

「精霊?」

 ナイフとエドの声が重なる。

「私が説明します」とスプーン。


 向かい合った長椅子の片方にエドとわたくしが、もう片方にカトラリーたちが並んですわる。

 それからスプーンが、エドが意識を保てなくなったところからわたくしを呼んだところまでを、語った。


 エドはスプーンがひとりで竜に乗ったことに驚き、竜がスプーンの命令をきいたことに驚き、お父様が快くわたくしを送り出したことに驚きと、仰天し続けた。

「すごいな、スプーン。そんなことができるとは思わなかったぞ」

 とエドが褒めればスプーンは嬉しそうな笑顔になった。


 そのあとはわたくしの番。治癒魔法は光魔法の分野だと考えたこと、試したら簡単なものは使えたこと、精霊の助けを得ようとしたら水の精霊王クヴェレ様が助けてくれたことを説明した。


「精霊王に会ったのか!」と驚くエド。「しかもあの泉で?」

「エドも知らなかったのね」

「知るものか。俺は一度も精霊王に会ったことはない。あそこに住んでいるのか? それともたまたま来たのか?」

 カトラリーたちを見る。

「なにか聞いた?」

 三人は揃って聞いていないと答える。

「みんな会ったのか。羨ましいな」とエド。

「きっとエドも会えるわ。わたくし、クヴェレ様の愛し子になったから、望めば会えるらしいわ。そうだ、これ」と指にはまった銀の指輪を見せた。「愛し子の証なのですって」


 きっと驚くと思ったのにエドは眉を寄せ、難しい顔でわたくしの指輪を見つめている。

「ちょっといいか」

 と、わたくしの手を取り、指輪をためつすがめつ。


「どうかしたの?」

「自分より先に指輪を送られてしまったから、面白くないのですな」とナイフがしたり顔で言う。

「違う」と否定するエド。「いや、それもあるが、聞いていたのと違う」

「指輪が?」

「そうじゃない」エドがわたくしを見る。「じいさんは精霊研究はあまりしていなくて、研究書が少ないんだ。だから聞いた話でしかないんだが。魔法には属性が六つあるだろ?」

「地・水・風・火と光と治癒?」


 わたくしが訊き返すとエドはバツが悪そうな顔になった。

「忘れてた。悪い、治癒は違う。リリアナの推測どおりに光に属する。六つ目は闇だ。それで、だ。精霊王は六人いて、六つの属性に対応している。ま、順序は逆かもしれないが。先に精霊王がいて、魔法がそれに合わせて別れた」


 なるほど、とカトラリーたちも身を乗り出して聞いている。彼らも初耳みたいだ。


「愛し子は魔術師でなくてもなれるらしいが」とエドが続ける。「魔法属性が決まっている場合は、同じ属の精霊王以外の愛し子にはなれない」

「なるほど」とナイフがうなる。

 確かに魔法の属性と精霊王に繋がりがあるのなら、エドの疑問はうなずけるものがある。クヴェレ様は水の精霊王で、わたくしの属性は光だものね。


「クヴェレ様に尋ねてみましょう。どのみちわたくしも質問をしたいことがあるから、いずれ会いに行くつもりだったの」

 ふうん、となぜかやや面白くなさそうなエド。

「クヴェレ王は男か?」

 フォークがくすりと笑う。

「よくわからないの。中性的なのよ」

 スプーンが大きくうなずいている。エドは彼女を見て。

「美形か?」

 またしても深く縦に首を振るスプーン。「ものすごっい美形です!」

 ナイフとフォークが賛同する。素直すぎるカトラリーたち。

「……仕方ないか。精霊王はそういうものらしいしな」とエド。まだ不満そうな表情だけど。「リリアナ。どんな質問なのか、訊いてもいいか?」 


 そこでエドの内にある疫病を浄化するため、クヴェレ様は泉に彼を沈めるよう指示したこと。カトラリーたちが酷く不安そうだったから、わたくしも一緒に沈んだことを説明した。


「無謀すぎる」

 エドはため息をついた。でもすぐにわたくしの手を握りしめ、

「だが、そこまでしてもらえて嬉しい」

 と、はにかんだ笑みを向けてくれた。

「無謀なのはエドもでしょう? 死なないからといって疫病を自分に取り込むなんて、正気の沙汰ではないわ。だけど」わたくしもにっこりとする。「わたくしのために、ありがとう」


「だけど二度としないでほしいです」とフォークが言えば、スプーンとナイフも追従する。

「わかった、やらないと約束する」

「お願いね。――それで、その泉の底にいたときに、わたくしはエドの記憶らしきものを見たの」

「俺の記憶?」

「ええ。全て呪われる前の出来事のようだったのだけど」


 見たものの内容には触れないで、どんな風だったかをかいつまんで説明する。


「勝手にエドの過去を覗いてごめんなさい」

「いや、リリアナが自らやったことではないだろ。もう昔の俺のことは隠さないって決めたし、構わないよ」

「でも不思議ね」とスプーン。

「どんな仕組みなのですかな」とナイフ。

「属性の関係?」とはフォーク。

「水属性には時間に関する魔法もあるんだ」とエドはわたくしに説明した。「『上から下へ一方向に流れる』という特性が、水も時間も同じだからと言われている。浄化と俺の記憶がどう繋がるのかはわからないが」

「リリアナが訊きたいことって、このことね?」スプーンが言う。

「それもあるけれど、クヴェレ様に過去を見せるお力があるなら、エドの呪いを解くヒントを見せてもらえないかと思って。尋ねてみたいの」


 わたくしの言葉にエドはよほど驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になった。

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