15・1 クヴェレ様に再会ですが

「ふむ。魔術師は回復したか。良かった良かった」

 クヴェレ様は目を細め、そう言った。


 エド、カトラリーたち、そしてわたくしは、応接間での話を切り上げすぐに泉に来た。お礼にたくさんのワインを持って。道中で精霊たちが現れ始め、泉に着いたときにはもうクヴェレ様が水面の中央に立っていた。


 エドがさっと地面に片膝をつき、こうべを垂れた。

「六精霊王がひとり、クヴェレ陛下に相まみえる機会をいただき身に余る栄誉に存じます」

 それを見てわたくしとカトラリーたちも、慌てて礼をとる。

「往年の魔術師は我の威光をよく理解しておるようだ」


 クヴェレ様がふふふと笑う。だけれどその笑顔にすぐに影が差す。


「もう我らを知る人間は、ほぼおらぬようだからな」

 淋しそうな様子が気になりはしたけれど、クヴェレ様とエドの会話は進んでいく。わたくしもエドに倣い、今回の感謝の意を伝える。それから精霊たちにワインをふるまった。クヴェレ様も珠になったそれを口に含み満足そうにしている。口も滑らかになり、よく喋る。案外気さくな方みたい。


 お礼にまつわる会話が落ち着いたところで立ち上がったエドが

「教えていただきたいのですが」

 と切り出した。

「なんだね」とクヴェレ様。

「リリアナを愛し子にされたそうですが――」

「嫉妬かね」クヴェレ様が笑う。「我は人の子におかしな感情などいだかぬぞ」

「違います」とエド。「私は『属性が違う精霊の愛し子にはなれない』と伝え聞いているのですが」

「そうなのか? 初めて聞いたわ」


 エドとわたくしは顔を見合わせた。クヴェレ様の驚いたような表情から、その言葉に嘘はないようにみえる。


「属性と言うても」クヴェレ様が続けた。「絶対的なひとつではないだろうが。他属の魔法も使えることがあろう? そなたのように」

「では関係ないのですね」とエド。

「なくはない」

「どっちなんだ!」フォークが叫び、ナイフとスプーンにすかさず口を塞がれている。


「配慮にすぎぬのだよ」とクヴェレ様。「魔術師よ、お前が生み出したカトラリーたちを他の魔術師が、断りなく片腕に取り立てたら面白くなかろう?」

「つまりは精霊王同士の不文律ということですか」

 そうだとうなずくクヴェレ様。エドとわたくしは、また顔を見合わせた。


「ではわたくしは?」

「リリアナが陛下の愛し子になることに問題はないのですか?」

「ない」断言したクヴェレ様のお顔がまたも翳っている。「光の精霊王ルクスは眠っているからの」

「眠っている、とは?」

「そのままよ」クヴェレ様がエドを見る。「あやつの愛し子は魔術師だったのだが、迫害の最初期に惨殺されてしもうてな」

 その言葉にエドの表情もこわばった。


「ルクスは元より人の子を愛しすぎるきらいがあったのだが、くだんの愛し子は殊の外可愛がっておった」クヴェレ様の周りを飛ぶ精霊たちが一様にうなずいている。「その愛し子が、助ける間すらなく惨殺されたものだから、ルクスは怒りに我を忘れ――。この話を聞きたいか、そこの魔術師よ」

 問いかけられたエドが、はっきりとだくと答える。


「そうか――。赫怒したルクスは闇の精霊王テネブラを責めた。呪い魔法なんてものが存在するからいけないのだと言ってな」

「……精霊王の間でも、魔術師狩りの元凶は私なのですね」

 エドはそう言って吐息した。それからわたくしを見る。

「呪いは闇魔法に属するんだ」

「エド。迫害を始めた人が悪いのよ」

「そう」とクヴェレ様。「我々も止めることができなんだ。だが発端になったのは、そこの魔術師であることは事実。より責任があるのは過剰な復讐をしたあの青年魔術師であり、そなたを責める気はないが、さりとてなんの感情もない訳でもないのだ」


 素直に『はい』とうなずくエド。もやもやするけれどクヴェレ様の言い分も間違ってはいない。エドの手を取り励ましたい。だけれど精霊王の面前。恋人の手を取るのは無礼に当たるだろう。エドは普段の彼からは考えられない、敬意を込めた言動をしているし――。


「魔術師様」スプーンがエドを呼んだ。そして「リリアナが心配してますよ!」

「え?」とエドがわたくしを見る。それから笑顔になった。「俺は大丈夫だぞ」

「ええ」

 ほっと胸をなでおろす。エドはスプーンを見て『ありがとうな』とも言う。


「……そなたの性根が悪くないこともわかってはおる。ただ少し愚かで、巡り合わせが悪かっただけだったということも」とクヴェレ様。「ただあれを機にルクスとテネブラは激しく争い、戦い――」

『戦い』? クヴェレ様の外見からは、精霊王はそのようなものとは無縁に見えるのに。

「ふたりは我々の仲裁も意に介さず、結局双方力を使い果たして眠りについてしもうた。以来、起きてこぬ」


「起こさないんですか?」とフォークが訊く。

「無論、起こした。だがどうにもならぬのだよ」

「だから光属性のリリアナを水の精霊王様が愛し子にしても、文句を言う人がいないってことかぁ」

 フォークの言葉にクヴェレ様が

「そのとおり」とうなずく。


「精霊王がふたりも不在で問題はないのですかな?」今度はナイフが尋ねる。

「四人でフォローをしてはいる。――まあ、そのようなことゆえ、魔術師が案ずるようなことはなにもない。我らにとって愛し子は精霊界と人間界を繋ぐもの。そして我らの存在が忘れ去られた今となっては、繋ぐ必要すらもない。久方ぶりの愛し子ゆえ、我の気持ちは華やぐが、この契約はそもリリアナと魔術師を助けるために結んだものよ」


 クヴェレ様は柔らかな笑みを浮かべた。


「人の子の恋路を邪魔したりはせぬ」

「陛下にはすべてお見通しなのですね」とエド。

「そなたは嫉妬に駆られ、このほうへ彼女の指輪を投げ入れたではないか。我の泉は屑籠ではあらぬぞ」


 精霊王が声を上げて笑う。

 本当になんでもお見通しらしい。エドが申し訳なかったと謝っている。

 でも、それなら泉の底でわたくしが見たものは? クヴェレ様はご存知? それとも――。

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