14・1 様子のおかしいエドですが
「ナイフ、スプーン、フォーク」エドがカトラリーたちを見渡す。「リリアナに大切な話がある。ふたりきりにしてくれるか」
「ああ失敬。気がききませんで申し訳ありませぬ」とナイフ。
「はぁい」と涙を拭きながらスプーン。
「うわぁ、プロポーズかな」とはしゃぐナイフ。
三者三様の反応をして、にぎやかに寝室を出ていく。
だけどそんな楽しい話ではないと思う。エドの様子がおかしいもの。
エドは扉が閉まるのを見るとベッドの縁に腰掛け、わたくしにとなりに座るよう言った。起きているエドとこんなに近いのは久しぶりで、緊張してしまう。
「リリアナ」エドの声は深刻だ。「君に話していないことがある」
「ええ」
「俺は昔――」エドは目をそらし一息つき、それからまた視線を合わせた。「自分勝手な恋のせいで、相手を死なせてしまった。そのせいで呪われたんだ」
泉の底で見たものを思い出す。可愛らしい女性。憤激している青年。
「そして」とエド。「俺の呪いが魔術師迫害の契機になった」
「エドがきっかけですって?」
「そうだ。俺はまだ普通の人間だったころ、今はないとある国の第二王子だった。『薔薇の王子』と呼ばれるほど美しくて、人気者でな。ただ、王子でありながら勤勉とは程遠かった。兄が傑出してすぐれた人で、なにをやっても敵わない。それなら難しいことは兄に任せて俺は好きにしようと考えて、享楽的な日々を送っていたんだ。
そんなあるとき恋をした。だけど彼女はつれなかった。常に皆に愛されてきた俺は、なんで彼女が俺の誘いを断るのかが理解できなくて、何度も何度も誘いつづけた。それが周りにどう影響を与えるかもわからずに。
俺には特に仲の良い令嬢たちがいたんだが、彼女たちは俺がひとりの女の子に夢中になっているのが気に食わなかったらしい。俺の想い人を集団で責め立てた。彼女はその場から逃げ、令嬢たちは追いかけて。で、俺の想い人は階段を踏み外して転げ落ち、死んでしまった」
記憶にある素敵な彼女を思い出す。わたくしと同じくらいの年だった。
「事故でお亡くなりになるなんて、お可哀想に」
「ああ」とエド。「でも俺が殺したようなものだ。あまりに配慮がなかった」
そんなことはないと思ったけれど、わたくしは黙って彼の手を握りしめた。
「それで?」
「彼女には幼なじみの男がいた。宮廷お抱えの魔術師で、若いのに当代一と言われる実力者だ。
この男が激怒してな。彼女を追いかけた令嬢たちはみなウサギにされ、俺はこの呪いを受けた。しかも自分の命を使ってかけているんだ。
魔術師とふたりきりのときにこの姿になったから、俺は会う者会う者に悲鳴を上げられ、逃げられた。誰も俺だとわからない。兵士には攻撃され怪我も負った。唯一、ひとりの従者が声で俺だと気づいて、みなを止めてくれた。
でも父が一族の恥さらしだと激怒してな。幽閉されそうになった。それで従者が――ロビンというんだが、そのロビンがかばってくれてふたりで城を出た。
こうなってようやく俺は、ちやほやされていたのは顔と身分のおかげだったとわかったんだ。
ロビンは古老と呼ばれる隠居した大魔術師の元に俺を連れて行ってくれたんだが、まあ、この旅も苦難の連続だった。何度も殺されそうになってな。この頃の俺はまだ魔法は少ししか使えなかったから、ロビンが苦労して守ってくれたんだ。
で、古老の元にはなんとかたどり着いたんだが、彼でも呪いは解けなかった。それでロビンと古老の屋敷に居候して、魔術の勉強と呪いの解呪方法探しを同時に始めた。
しばらくの間は三人でそれらに没頭したよ。古老もこれほどまでに強力な呪いは初めて見ると、楽しそうでさ」
「楽しそう?」
「そうだ」エドが苦笑する。「最初は腹が立ったが、古老には悪気はないんだ。ただの魔法好きのじいさんでさ。指導は厳しかったけど良い魔術師だった」
きっとエドはその古老を好きだったのだろう。懐かしそうな顔で短い間ここではない、どこか遠くを見ていた。
「だけど何ヶ月か経ったころ、他の魔術師が古老に助けを求めてきた。魔術師狩りが起こっているって。
元々、魔術師の力を危険視する人間は一定数いたんだ。そこに俺の事件が起きて、『魔術師に王族に反逆する力があるなら排斥するべきだ』と主張する勢力が増えたらしい。筆頭が父で、魔術師を雇うこと、仕事を依頼することを禁ずるお触れを出し、一方で魔術師を逮捕し始めた。
魔法が使えても、普通の魔術師は属性がひとつだ。どうしても苦手分野や弱点がある。父たちはそこをうまく利用したんだ。
解雇とお触れから始まった迫害はすぐに過激になって、魔術師が殺されるケースが出始めた。
古老は避難してきた数人の魔術師たちと協力して、屋敷を魔法無しではたどり着けない土地に移動した。それがここ」
「ここ?」
「そう。屋敷も魔法書も、全て元は古老のものなんだ。
――で、俺たちはここで静かに暮らしていたけど、外では魔術師狩りが拡大、そのうち他国にも広がった。だが逆に魔術師を保護する国があってな」
「保護? いいことよね?」
「いいや」エドは首を横に振る。「集めた魔術師は他国を征服するための道具だった。自分を追いやった国が憎かろうと焚き付けて、命がけで呪わせたり戦わせたり」
「酷いわ」
「それでうちの国は滅びたよ。父上は自業自得だな。だが迫害は止まらなくて。結果的に百年ほどで魔術師はいなくなった。俺以外はな」
エドの顔が曇る。
「つまり俺は初恋相手を死なせたろくでなしで、魔術師を滅ぼすことになった元凶なんだ」
「エド」彼の手を握り直す。
「リリアナを好きになればなるほど、もし俺の過去を知られたらって怖くなった。君に嫌われたり軽蔑されたくない。リリアナを家族の元に帰すことは最初から考えていたけど、決め手は俺のこの秘密だった。無理やり返して悪かった。どうしても怖かったんだよ」
「ええ」
「こんな俺でも、まだ好きと言ってもらえるか?」
わたくしをみつめるエドは不安そうで、なぜか耳を下げた子犬に見えた。
「好きよ、エド」
エドの顔がふにゃふにゃと緩む。
「……ダメだと思ってた」
「わたくしが好きなのは今のエドだもの。千年も昔のエドではないわ」
「リリアナには偉そうなことを言ってたけど、俺も恋愛下手だったんだ」
「これから一緒にうまくなりましょう」
ああと答えたエドが手をほどき、静かにわたくしを抱き寄せた。
「リリアナをいつか失うのが恐ろしいのも、本当だ。でもその恐怖よりも、一緒にいたい気持ちのほうが強い。リリアナ。戻ってきてくれて、ありがとう」
「わたくしこそ。わたくしを好きになってくれて、ありがとう」
そっとエドを抱き返す。
お父様以外をこんなことをするのは初めてで、とてもドキドキした。
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