12・1 案内されたのですが
屋敷の外に出ると、降り注ぐ強い日差しに思わず目を細めた。今は正午くらいだろうか。
「ここへ来てずいぶん時間が経ったと思ったけれど、まだほんの少しだったのね」
「なにを言っているのよ、リリアナ」スプーンが呆れたような声を出す。「あなたが来たのは昨日。一日半が過ぎたのよ」
「まあ」
気づかなかった。いつの間に夜があったのかしら。
「集中しすぎ」とスプーン。「外で見ると顔色がよくないわね。精霊たちは気分転換をしろと言いたいのかも」
彼らはわたくしを振り返りながら進んでいる。
「あなたが倒れたら魔術師様は悲しむんだから。無茶はダメよ」
「無理をしているつもりはないけど、そうね、気をつけるわ」
精霊たちの後をついて進む。もしこれがただの気分転換だったら、わたくしはきっとガッカリしてしまう。でもそれだけ疲れて見えるということなのだろうからガッカリなんてしないで、彼らには笑顔でお礼を言わないといけない。
だけどできることなら、この外出がエドの状態が良くなるためのものでありますように。
◇◇
精霊たちに連れて行かれたのは、エドとピクニックをした泉だった。やはり休息をしろということなのかも。胸に滲む失望が、表に出ないよう気をつけないといけない。
内心はどうあれ彼らの心遣いに礼を言おうと、辺りをふわふわと飛び回る精霊たちを見る。
「リリアナ!」スプーンが鋭く叫び、ガウンの袖を引っ張った。「泉を見て!」
「どうしたの?」
問いかけながら、そちらに目をやる。すると泉の中心の水面が小さく虹色に輝いていた。
「あれはなに?」
「わからないわ。こんなのは初めて見る」
精霊たちが泉の上で輪を作り始めた。ふわふわと一定方向に回っている。
輝きは瞬く間に泉全体に広がった。
その直後、水面の上に人の姿が現れた。
いえ、人ではないみたい。背中に精霊たちと同じ、かげろうのような羽根が二対ある。
長い銀の髪は水色に光っているように見え、
きっと精霊王に違いない。
膝を折り、頭を下げる。
「――人の子よ」
鈴が転がるような、美しい声。はい、と応える。
「名は?」
「リリアナ・バジェットと申します」
「そうであった。我は水の精霊王クヴェレ。知っておるかな?」
『水の』ということは精霊王は複数いるのかもしれない。
「存じ上げません。どうか無知をお許しください」
クヴェレ様がほう、と息を吐く。
「怒りはせぬ。人の世から魔法が耐えて久しい。我らを見ることができる者も、いなくなった。――リリアナ、顔を上げて構わぬ。そちらのスプーンも」
顔を上げる。と、クヴェレ様と目が合った。瞳が濃い青色をしている。
「リリアナ。そなたには素質があるようだ」
「魔術師の、でしょうか」
「それもある」とクヴェレ様。「だが我が言うているのは愛し子のだ」
驚き、思わずスプーンと顔を見合わせる。彼女もびっくりしているようで、目を見開いている。
「精霊たちがそなたを気にいっておるからな」とクヴェレ様。「しこうして昨日から、助けてやってほしいとうるさいのだ」
いつの間にか輪を解いた精霊たちが、クヴェレ様のまわりをふわりふわりと飛んでいる。
「このまま回復魔法を続けたならば、そなたの命は七日も持たぬであろう」
スプーンが短い悲鳴を上げた。
「魔術師のほうは永遠に苦しみ続ける。死ぬことができぬゆえに」
「そんな!」
両膝を地面につき、頭を深く下げる。
「クヴェレ様。どうぞエドを助ける方法をお教えくださいませ。可能ならば、わたくしの命を損なうことのない方法を」
エドを本当の意味で助けるためには、わたくしが死んでしまってはいけない。
「どうぞお願いいたします」
「お願いしますっ!」スプーンが叫んで地面に平伏叩頭した。「魔術師様とリリアナを助けてください! なんでもします! なんでもしますから」
スプーンからすすり泣く声が聞こえる。顔を上げて彼女の肩を抱く。
エドが永遠に苦しむなんて、身の毛がよだつほと恐ろしい。だけれどきっと大丈夫。クヴェレ様にはきっとなにか方策がある。だからわたくしを呼び寄せたに違いない。不可能ならばわざわざ精霊たちに道案内をさせたり、わたくしに姿を見せたりしないだろうと思う。
精霊王の美しいお顔を見上げると、彼はまたもほう、とため息をついた。
「そなたは賢いのか愚かなのか。弱いのか強いのか」とクヴェレ様。
「賢く強くありたいと常に考えておりますが、理想にはまだ遠く及びません」スプーンの肩をそっと抱き寄せる。彼の目に見えるように。「クヴェレ様。友を悲しませたくもありません。どうぞ、エドを助ける方法をお教えください」
「こなたは」とクヴェレ様がスプーンを見る。「『助けてくれ』と言い、そなたは『教えろ』と言う。魔術師の弟子ですらない段階で、ずいぶんと己に自信があるのだな」
「……気づきませんでした。深く考えての言葉ではございません」
「そうでなければ、魔術師を助けるのは己でありたいという願望か」
精霊王が目を弓のように細める。笑っているようだ。
ドキリとする。そうなのだろうか。エドの危機だというのに、わたくしにそんな傲慢な思いがあるというの? だとしても今はそんなことに囚われているときではない。
「クヴェレ様。わたくしの願いはエドの病が癒えることです」
スプーンが『私も』と細い声で言い添える。
クヴェレ様はうなずいた。
「精霊たちの望みはそなたを助けることよ。ゆえにそなたの願いを叶えよう。ただし」彼は杖の先端をわたくしに向けた。「そなたには我の愛し子になってもらう」
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