11・2 ひたすら頑張るのみですが
「あ! 精霊が帰ってきたわ!」
スプーンの声に振り返ると、わたくしに向かってくる光の珠がいくつかあった。良かった、言葉が通じていたのだ。
彼らに
「よろしくお願いします」
と声をかけてから、改めてエドを見る。
全快は無理でも、症状が軽くなりますように。心の中で神に願ってから小さく深呼吸をする。魔力を感じるために体のすみずみまで神経を張り巡らせて、でも術がうまくかかるようにと、エドと唯一接している手に集中もする。
相反するふたつのことを同時に行う。
難しいけれど、余計なことは頭から追い出して魔法だけを考える。
呪文を唱える。
わたくしの中の魔力がするすると動き、手の中から出ていく。ひなぎくの蕾のときと同じ感覚だ。これなら上手くいくかもしれない。
しばらくすると、魔力の流出が止まった。呪文の効果が切れたということかもしれない。でもエドの様子は変わっていない。
「リリアナ、大丈夫?」スプーンの心配そうな声。
「顔が真っ白だよ」とフォーク。
「こちらへ」とナイフ。「横になれますぞ」
いつの間にかすぐ後ろに長椅子が運ばれていた。
精霊たちに礼を伝えてから椅子に移動する。スプーンが差し出したレモネードを飲んで一息つく。
正直なところ、ものすごく苦しい。疲労感が体に重くのしかかり頭がくらくらしている。
「精霊たちの効果はあった?」とフォークが尋ねる。
「よくわからないわ。――だけどこの程度で済んでいるのは彼らのおかげかなとは思う」
まだ飛んでいる彼らに
「休んだらまたやるわ。毎回ワインを用意するから、力を貸してくださいね」
と頼む。
レモネードのグラスをスプーンに渡し、長椅子に横になる。すぐそこにエドが見える。
「……あまり効果はなさそう。ごめんなさいね」
「そんなことないよ!」フォークが叫ぶ。
「そうですぞ」とナイフ。「眉間の皺が浅くなっておりますからな。痛みが和らいだに違いありませぬぞ」
「だといいのだけど」
スプーンが優しい手つきでわたくしの頭を撫でてくれる。
「次は熱を下げる魔法を試すわ」
「ええ、お願いする」とスプーン。「リリアナの顔色が戻ったらね。今はゆっくり休んで。目を閉じて」彼女の手がわたくしの両目を覆う。「万全の状態でやらないと、きっと効果は出ないわよ」
「そうね。ありがとう」
ひんやりとした手は心地よい。
泣きたい気持ちに封をして、目を閉じた。
◇◇
エドに治癒魔法を掛けて、休息をしてを繰り返す。カトラリーたちはわたくしのために好物の食事を用意し、エドの看病もする。
『あなたたちはいつ休むの?』と聞いたら、『交代で休んでいる』との答え。そうには見えない。だけど彼らもエドが心配でじっとしていられないみたいだ。
治癒魔法の中の中級、体内の浄化はわたくしにはできなかった。病の元を消し去るらしいので、成功させたかったのだけど。
ナイフの話では、これの上級レベルをエドは自分にかけていたそうだ。一瞬は効果があっても取り込んだ病が膨大すぎて、すぐに元通りになってしまったのだという。
だからわたくしが使えても――と、遠回しにナイフは慰めてくれたのだと思う。
仕方なしに体内を活性化させる魔法と下熱魔法を交互にかけている。エドは変わらず苦しそうだけど、ナイフが言ったとおりに眉間の皺は浅くなっているから、多少は苦しみが薄れているのではないかと思う。
わたくしの体は休んでも、疲労と頭痛が取れなくなった。でもまだ大丈夫。もう少し、がんばれる。
寝ていた長椅子から身を起こし、傍らに置かれたテーブルからレモネードのグラスを取る。
飲み干したら、次はワインの瓶を。精霊たちは呼ばなくても待機してくれるようになっている。
瓶を傾け先渡しのお礼を――と思ったら、精霊たちが瓶を支えて傾けさせまいとし始めた。
「どうしたの?」
尋ねても答えは帰ってこない。だけど精霊たちの何人かはわたくしの顔をじっと見て、なにかを訴えているような感じだ。
カトラリーたちを見ても、『わからない』と首を横に振る。
「ワインではないものがいいのかしら」瓶を置いて、グラスを取る。「レモネードにする?」
だけど精霊たちは首を横に振った。一部はわたくしの袖を掴む。引っ張っているみたいだ。わたくしのまわりをせわしなく飛ぶ精霊たち、扉に向かう精霊たちもいる。
「もしかして、わたくしをどこかに連れていきたいのかしら」
「そんな気がしますな」とナイフ。
「行っておいで、リリアナ」とフォーク。「魔術師様のことは僕たちに任せて」
「ですな」うなずくナイフ。「スプーンにリリアナを頼めますかな」
「もちろんよ」とスプーン。
エドを見る。彼から離れたくない。だけどこのタイミングでの精霊たちの要件は、彼に関することかもしれない。もしかしたら、咲いているひなぎくをみつけた、とか。
「そうね、行ってくるわ。ナイフ、フォーク、エドをよろしくね」立ち上がり精霊たちを見る。「案内をお願いします」
彼らがせわしなく飛び回り、一斉に扉に向かう。やはりわたくしをどこかへ導きたいらしい。
スプーンと顔を見合わせ、
「行きましょう」
と言ってうなずきあう。
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