11・1 治癒魔法を始めるのですが
病用の治癒魔法も一番簡単なものを選んだ。対象者の内面を活性化させて体力をアップ、本人のもてる力で病に対抗するというもの。開花の魔法に近いものがあるから、まずはこれ。
スプーンの助けを得て、呪文をスムーズに唱えられるようになった。
「よし、これで――」
「始める?」スプーンが尋ね、エドを見守っていたフォークとナイフがわたくしを見る。
「いいえ、まだよ」
精霊を呼ぶ呪文を唱える。間を置かず、光の珠が漂ってきた。
「精霊? どうするのですかな?」とナイフ。
「あ、だからワインか」とフォーク。
「ちょっと待ってね」カトラリーたちに言ってから、集まってきた精霊たちを見渡す。
「皆さんにお願いがあります。わたくしに力をお貸しください」
精霊たちが首をかしげる。この仕草だけではわたくしの言葉が通じているのかいないのかは、わからない。
「あのとおり」とエドを手で示す。「魔術師エドは病床にあります。わたくしはなんとしても助けたい。でもわたくしはまだ魔法の初心者で魔力の量も足りません。だからどうか、お力添えを。お礼はいつものワインしかわからないのですが、ほかにご希望があるなら用意しますから、どうぞお願いします」
立ち上がり、膝を折って淑女の礼をする。精霊たちは知らないかもしれないけど、貴族女性にとっては最高位の礼だ。
「よくわからないけど」とスプーンが立ち上がる。「よろしくお願いします」
「僕からも」
「頼みますぞよ」
フォークとナイフも続く。
精霊たちはわたくしに近づいてきて、まわりをふわりふわりと飛ぶ。
「了承ということかしら?」とスプーン。
「わからないわ。だけど」ナイトテーブルからワインの瓶を取る。「先にお礼を」
瓶を傾け、こぼれるワインをしずくに変える。それを精霊たちは両腕に抱えて、どこかに飛んで行く。
「まずくない?」とフォーク。「いなくなっちゃうよ」
「後にすると、疲れて魔法を使えないかもしれないから。戻ってきてくれると信じるしかないわ」
「そうね」とスプーン。「それよりも本当に精霊が力になるの?」
「聞いたことがないですな」ナイフが言う。「だが魔法に精霊は関係があると言われてはおりますな」
以前、エドにもそう教えてもらった。古来から魔法学においてはそうなっている、と。ただ、実際にどう関係しているのかは、よくわからないらしい。一節によると、魔力の素は万物に宿る魔素で、精霊はその魔素を作り出しているそうだ。
「わたくしは未熟なんだもの。可能性があることはなんでもやらないと」
苦悶に顔を歪めているエド。一刻も早く楽にしてあげたい。
彼の枕元に膝をつく。
「ああ、待って」叫んだフォークがどこかにすっ飛んで行き、すぐに戻ってくる。腕に抱えられたクッション。
「これ、膝の下に」
「そうですな。良案ですぞ、フォーク」
「ええ、できるだけ負担がないようにね」
「ありがとう」
フォークがクッションを敷きその上に膝をつき直すとエドの手を取った。
「……リリアナ?」
かすれた懐かしい声。
「エド!」
「魔術師様!」カトラリーたちの叫び声が重なる。
苦しげな顔をしたエドが目を開いてわたくしを見ていった。
「ああ、エド!」
握っていたエドの手を持ち上げてキスをする。
「リリアナ……」エドが辛そうに笑みを浮かべる。「会いたかった。ずっと会いたかった……」
「会いに来たわ! スプーンが迎えに来てくれたのよ!」
「そうか……」
「ナイフとフォークも呼んでくれた!」
「さすが俺のカトラリーたち……」
「ええ、そうね」
「……本当はここにいてもらいたかった」
エドの頬を涙だか汗だかわからないしずくが伝っていく。
「でも俺はリリアナに相応しくないから……」
かすかにしか聞こえない声で呟いたあと、エドは目を閉じた。苦しそうな息遣い。上下する胸。
エドは呪われて永遠を生きるから、自分はわたくしには相応しくないと考えたということ? それならそうと言ってほしかった。ちゃんとわたくしの意見を聞いてほしかった。
だけど今は余計なことを考えている場合ではない。早く治癒をしなければ。
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