10・2 ひどい状態なのですが
『わたくしのため』?
エドを見る。
お父様は言っていた。エドがわたくしの幸せを強く願っていたことが、病気に関係があるかもしれない、と。スプーンもその話題になったら口を閉ざしたし、やはりわたくしに関係があることだったのだ。
どういうことなの?と尋ねると、
「魔術師様はわりと最初のほうから、リリアナを元の生活に戻すつもりだったんだ」とフォークが答えた。
「……正確に言いますと、リリアナに恋心を告げたあとですな」と、諦めた様子のナイフが言い添える。「変わらずここにいると言ったあなたを、魔術師様はますますお好きになられたのですぞ。だからこそリリアナの幸せを一番にお考えになった」
わたくしの幸せ。
エドがそれを考えてくれることを嬉しく思う気持ちと、それならばわたくしを都に戻すと勝手に決めないでほしかったという恨めしい気持ちがせめぎ合う。
「そのときから」とフォーク。「魔術師様は疫病の特効薬を作り始めたんだ」
「生贄が帰ると、例外なく責められるのですぞ」
「だからリリアナが非難されないようにね。君が寝たあとに流行している地に行って、患者を診たりもしていたんだよ」
「――なにも知らなかったわ」
「気づかれないようにしていましたからな」
わたくしに知られないよう密かに作っていた特効薬は、お父様が迎えに来た数日前に完成していたという。
エドはこの薬と、陛下に災厄の竜は存在しないと伝えることでわたくしが無事に都に迎え入れられると考え、お父様にもそう伝えていたそうだ。更には薬は王室からのものとする提案もしていたとか。
これらのことはわたくしがカトラリーたちと別れの挨拶をしていた間のことらしい。
「では各地から報告があがっていた特効薬は、エドが作ったものだったのね」
「そのとおりですぞ」
「リリアナに幸せになってもらいたくて、がんばったんだ。だけど――」
ナイフとフォークによると、疫病の感染拡大スピードがエドの予想以上に速かったらしい。特効薬をいくら作っても罹患者数は減らず、薬に必要だったひなぎくの開花時期も終わってしまった。新しい薬を開発するには時間がかかる。だけどわたくしはもう都に帰っている。
「一刻も早く収束させなくてはと考えた魔術師様は、最終手段に出ましてな」
「最終手段?」
「治癒魔法を患者ひとりひとりにかけるのは労力がいるし、特効薬以上に時間もかかる。現実的な解決策じゃない」とフォーク。「だけど魔術師様は一度に大量に魔法をかける
フォークとナイフがエドに顔を向け、わたくしも釣られて見る。汗にまみれてうなされているエド。辛そうで胸が痛い。ましてやこの状態がわたくしのせいとは。更に嫌な予感がする。
「その術はなんだったの?」
「『移動』だよ」とフォーク。
「移動?」
「そう」
「状態を移す魔法なのですぞ」とナイフ。「元は呪術系で人に害悪を与えるためのものでしてな」
「魔術師様はそれを応用発展させて、疫病を自分に移した。わざわざ各地をまわってね」
あまりの話にぐらりと頭が揺れた。
「……何百、何千という数を?」
「そうだよ。自分は死なないから、と言ってね」
「魔術師様でなければ、これだけ多くの症状を受け入れられはしないのですよ。だからご自分に移した」
「リリアナに幸せになってもらいたい一心でね」
体の力が抜けて床に座り込む。
「なんてことを……」
「だから僕たち、そばにいてあげてほしいと思ったんだ」とフォーク。
「こんなお姿をリリアナに見られるのは、魔術師様の本意ではないでしょうがな。ひとりで苦しんでいるのは、あまりに忍びなくて」
エドの手を取る。熱のせいで熱く、汗ばんている。
「正直、リリアナに治せるとは思えないよ」とフォーク。「魔術師様だってダメだったんだ」
パタパタと駆けてくる足音がした。
「お待たせ!」スプーンだ。「だいぶ奥の方に隠していたから、手間取ったわ!」
力強く、元気な声。
そう、わたくしはショックを受けている場合ではない!
「ありがとう、スプーン!」
わたくしの隣にひざまずいた彼女が、ページをめくる。
「ええと……、これだわ、初歩の魔法! 簡単な傷を治すものだけど」
「とりあえずはこれを試すわ。読み方は……」
魔法言語はまだおぼつかない。スプーンに教えてもらいながら読み、覚える。
小声で何度かさらい、いける、と思ったところで覚悟を決めて自分の左手を噛んだ。
だらりと垂れる血。スプーンたちが悲鳴をあげる。
「なにをしているの、リリアナ!」
「だって試してみないと」
痛いけれど、治癒魔法を試せるのはわたくしだけ。練習無しでエドに使いたくないし、カトラリーたちにはきっとムリだろうから。無事な右手で怪我をした箇所を押さえる。
覚えたての呪文を唱える。
すると以前ひなぎくを咲かせたときのような感覚が体の内に起こった。
何か温かいものがするすると出ていき、代わりに怪我の周囲が熱くなる。やがて痛みが収まった。
右手を離すと、噛んだ痕跡はきれいになくなっていた。
「使えたわ!」
「……リリアナには才があるようですな」とナイフ。
「すごいわ!」とスプーン。「だけど体調は? 大丈夫?」
「少し疲れたみたい。でも問題ないわ。フォーク、ワインを持ってきて。ナイフはエドをよろしく。スプーン、次は病気用を教えてちょうだい」
エドを治せる希望がでてきた。
考えていた以上に負担が大きいから、一息には無理だろう。でも休むを取りながら、何度も繰り返せば、きっと――。
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