talk
「もしもし、アヤカだけど」
『アヤカちゃん……』
「フウカ、大丈夫?」
『うん……』
「大丈夫……じゃなさそうね」
『アヤカちゃんはなんでもお見通しなんだね』
「何年も一緒にいれば、おのずとね」
『うん……わかる気がするな。大切な相手のことがなんでもわかるっていうの、あるよね』
「フウカ……」
『私も、わかってるつもりだったんだけどな……』
「彼氏さんのこと?」
『うん……』
「まだ、みつかってないの」
『マサキさんのご両親にも聞いてみたんだけど。何の連絡もないって。かといって、今住んでいる下宿はも抜けの空だったし……』
「下宿にいないってわかったってことは、彼氏さんに合鍵かなにかをに渡されていたの?」
『ううん。前にご両親に挨拶はさせてもらっていたから……休みの日にマサキさんのお母さんに付き合ってもらって、部屋の中をね。結局、ちょっと散らかってる部屋を掃除しただけで終わっちゃったけど』
「そっか」
『うん……それでその後、またお母さんに協力してもらって、マサキさんの大学の知り合いや友達の方にも当たってみたんだけど、そっちも全部空振り。ちょうど私に、電話が来なくなった日から、ぱったりと痕跡が途切れてた。私、どうしていいか、わからなくて』
「無理しないで、フウカ」
『ううん。アヤカちゃんさえ良ければ、お話させて。そうした方が楽になれるから』
「わかったわ。私は大丈夫だから、思う存分話して」
『ありがと……とにかく、マサキさんを見つけなくちゃって気持ちで頭がいっぱいなんだけど、今、できる手はたぶん、全部打っちゃったんだ。心当たりは全部、ほとんどあたったし、捜索願いもマサキさんのご両親が出してくれた。だから、冷静に考えれば、私にできることなんてなにもないんだけど、その分、今マサキさんがどうしてるか、不安で不安で……』
「そっか……」
『たぶん、自分からいなくなったんじゃないとは思うんだけど。日が経つにつれて、もしかしたらそうかもしれないって気がしてきて……っていうか、一週回ってマサキさんの意思でいなくなってくれた方が安心できるかもしれない。事件に巻きこまれないで平和でやっててくれるんなら……さびしくはあるけど、納得はするよ』
「差しつかえなければ、彼氏さんが自分からいなくなったんじゃないと思っている理由を聞かせてもらってもいいかしら?」
『……最後に話した時、マサキさんは次のデートを楽しみにしてくれていた。少なくとも、今までの付き合いから判断してその言葉に噓はないように聞こえたの。そんなマサキさんが、私に何も言わずにいなくなるなんていうことはありえないと思う』
「その思いがただの願望じゃないと言いきれる?」
『それは私も考えたよ。だから、ご両親やお友達、あとバイト先の方からも話を聞かせてもらったんだけど、みんながみんな、最後に会った時はいつも通りだったって言ってるの。特にバイト先の店長さんなんかは、笑顔のマサキさんが、バリバリ稼ぎますんでって言ってたから、無断欠勤された時にはものすごく違和感を持ったらしいの』
「話はわかったわ。でも、彼氏さんはいつも通りに振る舞っている風を装いつつも、その実、胸の中に今の場所にいることに耐えられない何らかの想いを隠していた、なんてこともなくはないんじゃないかしら」
『それは言ったらきりがないよ。私はないって思うけど、マサキさん本人の気持ちが聞けない以上は、どうとでも言えるし、兆候らしきものがない今はとりあえずは考えないでもいいんじゃないかな』
「そうかもしれない。じゃあ、フウカは彼氏さんがなにかの事件に巻きこまれたと考えているわけね?」
『うん。考えたくもないけど、今のところそれが一番、自然な解釈な気がする』
「そっちの心当たりは……」
『ない……って言いたいところだけど、実は一つだけ』
「聞かせてもらってもいい?」
『うん。アヤカちゃんなら、なにかわかるかもしれないし』
「! ……信頼してくれてありがとう」
『アヤカちゃんはすごいんだもの。それで、心当たりだけどね』
「ええ」
『最後にしたデートの待ち合わせの時にさ、マサキさんが変な人を見たらしいの』
「変な人?」
『全身黒尽くめで能面を被った人』
「……それはたしかに変な人ね」
『でしょう。マサキさんはけっこう早く待ち合わせ、場所に着いたんだけど、その人にずっと見つめられたんだって』
「でもその人、能面を被っていたのよね。たしかあの手の面ってあんまり前が見えないはずだけれど」
『さすがアヤカちゃん。なんでも知ってるんだね』
「一般教養よ」
『そっか。それでね、マサキさんも最初は目が合ったのは気のせいだって思ったらしいんだけど、見られている感じが気になって別の場所に移動したら、能面の人も体の向きを変えたんだって。何度、マサキさんが動いても、向こうも同じようにふるまうから、やっぱり見られているような気がしてならなかったんだって』
「たしかに気味が悪いわね……それで、彼氏さんはどうしたの。待ち合わせの間、ずっと見られ続けたの?」
『さすがに気のせいじゃないじゃないかって思って、直接、能面を被っている人を問いただそうとしたんだって。そしたら、体当たりされて逃げられちゃったらしくて』
「そうなんだ」
『うん。だから、能面の人がその後、どうしていたのかはわからないんだけど……見るからに怪しいでしょ』
「たしかにね。犯人と断言はできないけど、容疑者の一人ではあるんじゃないかしら」
『だから、今回、マサキさんについてのお話を聞いた人には心当たりがないか尋ねてみたりはしたんだけど、誰も能面の人なんて見てないって。普段からそんな目立つ格好をするわけないから、当たり前だけど』
「でしょうね」
『それに私も直接、見たわけじゃないしね。この能面の人も、今のところマサキさんしか目撃してないから』
「わからないことだらけね」
『うん。毎日、あんまり良くない頭をぐるぐる回して考えてるけど、考えれば考えるほどわからなくなってるよ』
「フウカ、無理しないで。あなたが体を壊してしまったら、元も子もないわ」
『……ありがと。でも、マサキさんが苦しんでるかもしれない時なんだし、こういう時こそ頑張るべきだって、思うんだ』
「フウカ……」
『なんとしてでもみつけなきゃいけない。そのためだったら、私はなんでも』
「フウカ!」
『…………!』
「捨て鉢にならないで」
『なってないよ。私は自分なりに考えて、やれることを……』
「いいえ、なってる。むしろ、私にはあなたが自分自身を痛めつけようとしてるようにすら見えるわ」
『そんなこと……』
「あるわ。あなたの思ってること、当ててあげましょうか」
『アヤカちゃんにはわから……』
「あなたは心のどこかで、彼氏さんがいなくなったのを自分のせいかもしれない、と考えてる」
『…………』
「さっき、あなたが並べた根拠からすれば、あなたの責任じゃないのは間違いない。けれど、彼氏さんの口から聞いたわけじゃない以上、ほんの少しだけでも、あなたのせいでいなくなってしまったという可能性は残る。その不安を消すために、必要以上に一生懸命になっているんじゃない」
『……違う』
「もちろん、それだけじゃないっていうのは私もわかってる。けれど、今のあなたを動かす大きな力の一つではあるでしょう」
『私は……』
「それに直接あなたのせいではなくとも、彼氏さんがいなくなってしまった原因をなにかを見逃してしまったんじゃないかという不安が胸の中で
『…………』
「これはあくまで私の意見とお願いだけれど……必死になるのはいい。でも、それはあなたの心や体を削ってまですることじゃないと思うの」
『……なんで、マサキさんに関係ないアヤカちゃんにそんなこと指図されなきゃならないの?』
「関係なくはない。こうして今、あなたの相談に乗っているし、彼氏さんとも顔を合わせたことがある」
『顔を合わせたって言っても、たった一回だけでしょ?』
「たしかに彼氏さんとの深いかかわりはないわね」
『だったら』
「けれどね、フウカ。私は、あなたの関係者ではある。驕りかもしれないけど、あなたの一番の親友だとも思ってもいる」
『……それ、は』
「あなたにとっては気分が良くないことを言ってる自覚はある。だけれど、私はなによりもあなたのことが心配だから……優先順位はあなたが一番になってしまう」
『私の、ことなんて……』
「放っておけないわ。いいえ、放っておかない。どんなにあなたが嫌がっても、私はあなたの話を聞こうとするし、力にもなる。だから、あなただけで無理しないで、色々と相談してくれればいい。どれだけのことができるかわからないけど、力になるから」
『アヤカちゃん……』
「なんなら、嫌いになってくれてもいい。それでも私はあなたの……」
『ごめんね』
「えっ……」
『今、目の前のことしか見えなくなってて、アヤカちゃんを傷つけちゃいそうになった。ううん、たぶん、ひどいことも言ったよね?』
「そんなことはない。あなたは当然のことを口にしたまで」
『そう言ってくれると心が楽になるよ。本当、アヤカちゃんはいつも私のために色々なことをしてくれるよね。なんで、そこまでしてくれるの?』
「大切な人に尽くすことに理由なんているかしら?」
『そうかなぁ? 私は下心だらけだけどなぁ』
「そうなの?」
『うん。今、こうしてマサキさんを探してるのも、再会した時に思い切り抱きしめて欲しいからだしね』
「あらあら……」
『だから、アヤカちゃんもなにかあると思うんだけど、どうかな?』
「そこら辺は女の秘密ってことでどうかしら」
『私も女なんですけど』
「だったら、ノーコメントで。いつか、話す時は来るかもしれないけど、今じゃないわ」
『ケチ……そこら辺、マサキさんと似てるかもね』
「へぇ、フウカの彼氏さんはそんな人なんだ」
『うん。とっても優しいケチだけどね』
「うふふ……」
『アヤカちゃんもそんな優しいケチの一人だよ。教えてくれたデートコースもすごい良いところばっかりだし』
「たまたまいいところがあったから、紹介しただけよ」
『マサキさんとの最後のデートの帰り道で会った時も、電話したらいいんじゃない、ってアドバイスをくれたし』
「私が言わなくても、電話くらいはしたんじゃないの?」
『どうだろう。気持ちが昂ぶってたのはたしかだけど、疲れてたから。連絡はしても通話はしなかったかも。結局、電話する前にマサキさんの方からかけてきてくれたんだけど、アヤカちゃんのおかげで心の準備ができてたからかな。すっごく楽しい時間が送れたよ』
「あの日は私こそありがとうね。水族館の写真、どれも見ごたえがあったわ」
『でも、あの日のアヤカちゃんはちょっとお茶目だったな。スマホを家に忘れちゃってたりとか、私が最近はまってるアプリの話をしたら、やらせて欲しいとか言ってくるし』
「私も夜道でフウカに会えて、気分が昂ぶってたのかもね」
『たしかに! なんかいつも一緒にいない時間帯に偶然会ったりするとと、なんかものすごくあがるよね』
「ええ。だから、あの日の私はとてもとても幸せだったわ」
『えへへ、照れるなぁ……ごめん。けっこう遅い時間になっちゃったね』
「私はまだ大丈夫だけど」
『ありがとう。でも、充分元気もらったから。それに、アヤカちゃんにも健康でいて欲しいし』
「私はいつまでもフウカと喋っていたいけどね」
『あはは。愛が重いなぁ。それじゃあ、またなにかあったら電話するね』
「いつでもいいからね。なんなら毎日でも」
『うん、ありがとう。じゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい。愛してるわ、フウカ」
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