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ムラサキハルカ

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『もしもし……』

「もしもし。マサキだけど」

『マサキさん! こんばんはです』

「こんばんは。その……今日はありがとな」

『いえ……私こそ、ありがとうございます』

「楽しんで、もらえたか?」

『はい……夢みたいな時間でした』

「そっか。だったら、良かった」

『それで。ご用件は……』

「えっとな……そっちも、帰ってきたばかりで疲れてるかもしれないが」

『……ええっと、はい』

「もう少し、フウカちゃんと話したいなって」

『……!』

「もう夜も遅いし、フウカちゃんの気が向けばでいいんだけど……どうかな?」

『実は私もお電話しようと思ってたところだったんです。マサキさんからかけてきてくれて嬉しいなぁ』

「そっか。それは良かった」

『喜んでもらえたようでなによりです。あらためて、今日は私が行きたかった水族館に連れて行ってくれて、ありがとうございました』

「こちらこそありがとな。すごく、楽しかった」

『その言葉が聞けてなによりです。可愛かったですよね、ペンギン』

「水族館なんて久々に行ったけど、あれだけたくさん歩いたり泳いだりしてると壮観だな」

『動物園とかでも見られたのかもしれないですけど、私はペンギン大好きだから。特にアデリーペンギンなんて、とってもとってもキュートで』

「俺はコウテイペンギンが好みだったかな。とにかくでかい感じが」

『コウテイペンギンも可愛いですよね。一度抱きついてみたいです』

「ぬいぐるみだけじゃ物足りない?」

『そういうわけじゃないんですけど……せっかくなら、一度は本物を抱いてみたいなって。あっ、誤解しないでくださいね! マサキさんに買ってもらったアデリーペンギンのぬいぐるみが物足りないってわけではないですから!』

「わかってるよ」

『マサキさんからいただいたペンギンちゃんは、家宝としてうちにずっと残る予定なので』

「大袈裟だって……」

『いいえ。そんなことはないです。とってはとってもとっても、欲しかったですし、マサキさんからもらったものなので大切にしたいんです!』

「そんなに喜んでもらえるなら、買った方としても本望だな」

『……失礼。少し取り乱しました。とにかく、ペンギン、可愛かったな~』

「俺は、シャチを見られたのが良かったな。テレビの動物番組とかで見たことはあったけど、水槽の中に実際にいるのを見るのはまた迫力が違うっていうか。例えるならほら……動物園でヒグマとかシロクマ、ゾウとかを見た時の感じ。それにイルカほど派手じゃないけど、ショーも見られたしさ」

『くすくす……』

「どこかおかしいところとかあったか?」

『いえ……ただ、マサキさんがとっても男の子っぽくて微笑ましいなって』

「……年上としては、子供っぽく見られるのはあまり好ましくないな」

『いいじゃないですか。可愛い男の人って、私、好きですよ』

「それはそれで複雑だが……フウカちゃんが喜んでくれてるなら、良しとしよう」

『ふふふ、そう思っていただければ……アヤカちゃんに感謝ですね』

「! アヤカちゃんってこの前、紹介してくれた友達のことだよね?」

『そうですそうです。実は今日行った水族館、教えてくれたのはアヤカちゃんだったんです』

「なるほどね。それはそれは」

『とってもいい娘なんですよ。すらっとしててお肌も綺麗ですし、家はお金持ちですけどそういうとこを少しも鼻にかけたりしないところも素敵です。あと、ものすごく記憶力良くて、面白い話をたくさんしてくれるんですよ』

「へ、へぇ~」

『それになにより、私にとってもとっても優しくしてくれるんです』

「そう、なんだ。きっと、アヤカちゃんもそう言われて嬉しいだろうね」

『……マサキさん、何か気になることでもありましたか?』

「いや、なんでもない」

『けど、ちょっと声が変ですよ』

「そう、かな?」

『そうですよ。私にマサキさんのことでわからないことなんてありません!』

「そ、そうなのか……」

『……ごめんなさい。ちょっとだけ盛りました』

「ちょっとだけってことは、けっこうわかられてるってことか?」

『はい』

「断言したよ……。俺ら、まだ一年ちょいの付き合いじゃん」

『たかが一年、されど一年ですよ。現に私はマサキさんの子供っぽいところも知ってますし』

「そこは、あんま蒸し返してほしくないなぁ」

『私はそういうとこ好きなのにな~。話を戻しますけど、マサキさんの気になることってなんですか?』

「だから、俺には」

『私に、隠し事はしなくていいんですよ。もちろん、マサキさんがどうしても言いたくないんだったら、無理強いはしませんが……』

「……言っても、笑わないか?」

『話の内容、次第ですね』

「ここは確約してくれる流れじゃないのか?」

『マサキさんに噓は言いたくありませんので』

「フウカちゃんのそういうところ、嫌いじゃないよ……」

『えへへ、誉められちゃいました』

「そういうとこもね……」

『へっ?』

「いや、なんでも。とりあえず、俺の気にかかったことを言えばいいのかな」

『はい。よろしくお願いします』

「……できるだけ、笑わないでくれよ」

『努力してみます』

「……フウカちゃんが、あんまりにもアヤカちゃんのことを楽しげに話すもんだから……俺としては、ちょっと、ほんのちょっとだけ面白くなかったというか」

『? ちょっとよくわからないです。どこら辺が面白くなかったんですか?』

「だからさぁ……あらためて聞かれると、むちゃくちゃ言いにくいな……」

『そこをなんとか。言葉にしていただければ』

「そうだな……むちゃくちゃ、単純化して言うとだ」

『はい』

「俺はアヤカちゃんに嫉妬したんだ」

『はい?』

「フウカちゃんがあんまりにも、アヤカちゃんのことをよく言うものだからね。俺としても、ちょっとだけ妬けたというかなんというか……」

『……………………』

「まあ、そんな感じなんだけど。フウカちゃん?」

『……ぷふふ』

「やっぱり、笑った!」

『すみません……ふふ……だって……うふふ……とっても、くふふ……可愛らしい理由だったから』

「……だから、言いたくなかったんだよ」

『ごめんなさい。努力してみたけど、ダメでした』

「いいって。言うって決めたのは俺だし」

『けど』

「…………」

『心配なんていらないんですよ、マサキさん』

「どういうこと」

『どんなマサキさんでも、私は大好きです。それは、変わりません』

「…………!」

『……あらためて、面と向かって言ってみると恥ずかしいですね。ちょっとだけ、さっきのマサキさんの気持ちがわかりました』

「すごく嬉しいね…………」

『……マサキさん』

「はっ……ええっと……フウカちゃん」

『はい』

「ありがとな」

『……! どういたしまして。もしかして、厚かましかったりしました?』

「いやいや、そんなことない。すっごく、嬉しかった」

『そう言っていただけることが私の喜びです』

「ごほん……こっちも心から愛おしく思ってるよ」

『……何か言いましたか?』

「いや、なんでもない」

『なんだか、怪しいですね……ですが、まあいいです。どこまで話しましたっけ?』

「たしか、アヤカちゃんのことを話す前は、水族館のことだったかな」

『ああ、そうでしたね。じゃあ、館を出たあとの話しでもしましょうか?』

「別に、順番通りに話さないでもいいと思うが……」

『いえ。順番は重要ですよ。デートを追体験しているみたいで、もう一度味わってる気分になれますし』

「そっか……それはこっちも同じ気持ちだよ」

『でも、追体験というなら待ち合わせのところからお話した方が良かったかもしれませんね。マサキさん、待ち合わせ場所には大分早く来てくれましたよね?』

「そこはほら、当然だよ」

『そう言えば、今思い出しましたけど、あの時のマサキさん。ちょっと、びくびくしてませんでしたか?』

「ああ……あれかぁ」

『あの時は軽く流しましたけど、差しつかえなければなにがあったか話してもらえませんか?』

「別にかまわないが……気分が悪くなるかもしれないぞ」

『大丈夫です。私、マサキさんのことは何でも知りたいので』

「ちょっと言い方が大袈裟じゃない?」

『本音です』

「そう、なんだ」

『それで、なにがあったんですか?』

「ああ、その話だったな。俺が待ち合わせ場所にやってきて、ベンチに座ってた」

『あれ、でも私と会った時は……』

「フウカちゃんが見た通り、噴水の前に立っていた。思いのほか早く目が覚めちゃったから、長丁場になる気がして、ベンチの方で待機してたんだ」

『なるほど~』

「で、話を戻すとだ。そうやってベンチで座っている途中、もしかしたら、フウカちゃんが来てるかもしれないなって噴水の方を確認した時、全身黒尽くめの目立つ人をみつけた」

『黒尽くめ? ガードマンさんとかですか?』

「たぶんそうじゃない。スーツじゃなくて、厚手のジャージにジャンパーを羽織ってたからな。だが、それだけだったら俺もそんなに目を止めない」

『もっと目立つものがあったんですか?』

「ああ……その黒尽くめの誰かは、コートに付いたフードと能面を被ってたんだ」

『ノウメン、っていうと、お能とかで使う、あれですか?』

「そうだ……たしかあれは、般若っていったか? いや、俺もそんなに詳しくないからわからんが」

『たしかに、朝の噴水前にいたら、嫌でも目を惹きますね』

「そうだろ? だから、俺はかかわらんでおこうって思って、視線を逸らそうとした。そしたら、不意に目が合った、ような気がした」

『合ったような気がしたって……そっか。面越しだから……』

「そういうこと。とにかく俺にはそんな風に見えた。おまけに能面を被っている誰かが微動だにしないもんだから、じーっとこっちを見つめ続けている……気にさせられた。こっちに近付くでもなんでもなく、じーっとな」

『やっぱり、気のせいじゃないんですか?』

「俺も自分にそう言い聞かせてたよ。ただ、気のせいだとしたって、一度見られていると思いこむと、意識しないってのはなかなか難しい。だから、場所を変えることにしたんだ。幸か不幸か、能面を被った誰かはじっとしているし、こっちが黙ってりゃ、なにもないんじゃないかってな。ところがだ」

『また、見られたってことですか』

「それはわからん。ただ、近くに設けられた別のベンチに移動したら、またこっちに顔が向いたように見えた。だから、すぐにまた移動したんだが、その度に面を被った誰かはこっちを見てるみたいな角度に能面を向けた」

『ここまで来ると、偶然とかではなさそうですね』

「俺も同じことを思った。ただ、明らかにおかしいやつだったから、通報だけしてかかわらんでおいた方がいいかという気もしたが、万が一、通報前に隠れてやり過ごされて、こそこそ後をつけられたりでもしたら今日一日が台無しだなって思ってな。直接問い詰めることにした」

『それ、大丈夫だったんですか?』

「結果から言えば、ほぼ大丈夫だったな」

『ほぼ?』

「ああ。俺が近付いて、聞こうとした瞬間に向こうが逃げだしたんだよ。ただ、すれ違い様に向こうの手か肩かなんかが当たった気がしたが」

『それは迂闊です。もしも、その人が刃物でも持ってたら……』

「たしかにもう少し警戒した方が良かったな。今になって、フウカちゃんに心配をかけてしまって悪かったよ」

『いえ……こちらこそ、まずはマサキさんの無事を喜ぶべきでした。すみません』

「謝ることじゃない。俺が迂闊だったのは事実だしな」

『でも』

「とりあえず、フウカちゃんとこうして電話していられるんだから、なにもなくて、本当良かったよ」

『はい……良かったです』

「とにかく、般若の面を被った誰かさんはそのまま走り去った。体が触れた時の感触からするに、体重は軽い気がしたな。厚着はしてたけど、たぶん痩せ型だったと思う。そんな誰かがいなくなってから少しして、フウカちゃんがやってきた」

『私も実はあんまり眠れなくて……けっこう早く来たつもりだったんですけど、上には上がいましたね』

「おかげでけっこう早く会えたのは嬉しい誤算だったな」

『はい! 実はちょっとラッキー、って思ってました!』

「予定よりも長く水族館を楽しめたのも良かった」

『お昼ごはんを食べながらウミガメが泳ぐのを見られたのは新鮮でした』

「もう一つのレストランとも迷ったが。あっちは熱帯魚が見られるんだったか?」

『はい。ただ、全体的にほんの少しお値段がお高めでしたし、フードコートっぽいところがあの時の私には好ましかったので』

「そっか。また、今度水族館に行く時は、熱帯魚の方で昼食にも行ってみようか」

『それは……また、次の水族館デートがあると受けとってもいいんですか?』

「もちろんだよ。フウカちゃんとだったら、何度だって行きたいって思う」

『ふふ。それは、とっても光栄です』

「俺こそ、フウカちゃんみたいな彼女と過ごせてすごく誇らしく思ってる」

『ありがとうございます。そして、これからも末永くよろしくお願いします』

「相変わらず、言い回しが大袈裟だなぁ……だけど、こっちこそよろしくな」

『はい!』

「じゃあ、話を戻して、水族館を出た後のディナーの話でも……ってか、いつの間にかけっこう遅い時間になってるけど、大丈夫か?」

『大丈夫です……と言いたいところなんですが』

「なんですが?」

『恥ずかしながら、明日提出の宿題がまだ終わってなくてですね……』

「すまない。ちゃんと確認すべきだったな」

『いえいえ、ちゃんと言わなかった私が悪いです。それに』

「?」

『宿題よりも、マサキさんとお話する方が、私には重要なことなので』

「フウカちゃん……」

『だから、もう少しお話を……』

「宿題はちゃんとやろうな」

『……ちぇ。マサキさんのケチ』

「ケチでもかまわん。まだ高校生なんだし、学業優先だ。一応、本分ってことになってるし」

『じゃあ、大学生は?』

「大学生も同じだよ。ただ、講義を一つとっても、自分で選ぶところが多いから比較的時間の融通が利きやすいん」

『ずるい!』

「ずるくない。って言っても、就活とか入ってくるともっと忙しくなるだろうから、今が一番、が自由に動きやすいかもしれないな……」

『えっと、じゃあもう少し経ったら……』

「心配しないでいいって。ちゃんと時間は作れるようにする。お互いの思い通りの日に、必ず予定を開けるみたいなことはできないかしれないが、なるべく努力する。だから、あんまり不安がらんでもいいよ」

『マサキさん……』

「すまんすまん。また、長話になるところだったな」

『もっと長話にしてくれてもいいんですよ?』

「ダメだ。ちゃんと、宿題をやれ」

『ちぇ』

「また、電話するから。な?」

『はい、楽しみにしてます』

「近いうちに、またデートもしよう。バイト代、溜めるまでちょっと時間かかるかもだが」

『先立つものは重要ですからね。私もバイト探そうかな……』

「無理せんでも俺が……」

『いくら年の差があるからって毎回、多めに出してもらうっていうのもちょっと引っかかります。それに、一回くらい社会経験としてバイトをやってみたくもありましたし』

「そっか……だがさっきも言ったが」

『学業優先、ですよね』

「その通りだ。あと、あんまり無理すんなよ」

『はい、ありがとうございます』

「どういたしまして。じゃあ、そろそろ切るぞ」

『もうちょっとだけ……』

「ダメ。っていうか、ぐだぐだ長引かせる気だろ」

『ばれましたか』

「そりゃ、ばれるって。曲がりなりにも彼氏だしな」

『違います。ちゃんとした彼氏です!』

「そこ突っこむとこ?」

『はい。だって、私たちはちゃんとした彼氏彼女なんですし』

「悪かったよ……とにかく、お休み」

『はい、おやすみなさい。名残惜しいかぎりですが』

「ああ、じゃあ、またな」

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