太陽は暗闇を照らす

 だらんと自分の足がぶら下がる感覚がした。

 足元が、何もなくなっていく感じ。

 両腕が、勝手に持ち上げられてる感覚。

 耳をふさぐ風の音。

 冷たい空気。


 両手を掴まれて、空にぶら下げられてる感覚。


が、お前の運命のトモダチね。たしかに、お前のことが大好きで、大好きで仕方ないようだよ」


 冷たい声。

 これは、ミーの声?


「ユイ! 起きて! ユイ!」


 ユウの声?

 ぼんやりと、ゆっくりと、視界が晴れていく。


 少し離れたところに、ユウがいた。

 ふわふわと、空に浮いている。

 ああ、重力を、操作、できるんだよね。ユウは、すごいな。


には、他人への衝動がない。うらやむばかりで、行動する気がない」


 吐き捨てるようなミーの声に、心臓が跳ね上がった。


「他人をうらやんでばかり。自分には何もないと嘆いてばかり。

 自分の手の中にあるものから目をそらして、眩しく見える外ばかりに夢中で。

 自分の手の中にあるものを、育てようともしない」


 やめて、やめて! 聞きたくない。怖い!


「お前と同じ」


 え?


「運命のトモダチとは、言いえて妙だな」


 すうっと、身体が動く感覚。ユウの顔が、すぐ、すぐ近くに見えた。

 今にも泣きそうな、ユウの顔。


「お前も同じだろう。

 その身に受けた愛から、その身に宿る能力から、自分の手の中にあるものすべてから目をそらして、わからないと駄々をこねて、逃げ出して。

 ついには、こんな果ての果ての星の存在にすがるか」


 ミーの声が、怒っているように、聞こえた。

 なんだろう、ちょっとだけ、悲しそうに、聞こえてきた。


「父さまと母さまが、どれほどお前を愛したと思っている?

 どんなに私や兄さまが優秀であろうと努力しても、父さまも母さまも、お前ばかり愛した。お前を、一番愛した。

 なのにお前は! いつもいつも不安そうにして、自分のなすべきことがわからないとわめいて!

 手を差し伸べる人からも逃げた!

 そんなお前が、この星でトモダチを百人作るだと?

 笑わせる!」


 やめて、やめて!

 この言葉――耳元で聞こえる、この声を聞いて、わかった。

 テレパシーの能力が、解った。

 わたしは今、ミーと繋がってるんだ。

 ミーの気持ちが、伝わってくる。


「お前のその中途半端さが、星をひとつ滅ぼすかもしれないんだぞ!

 エゴのために、母星での自分から逃げるために、他の星に介入するプロジェクトに参加するなど、とんだ甘えだ!」

 

 ユウ。

 ミー。

 泣かないで。


「やめ……」


 声が出た。

 ユウが、ハッと顔を上げた。

 ユウに聞こえたんだ。

 できる、きっとわたしは、ミーの支配に、勝てる!


「やめて!」


 声が出た!

 全身に力を込めて、ユウとミーへの気持ちをいっぱい詰めて、全力で叫んだ。


「ユイ……」

「ユウ、泣かないで」


 涙でべちゃべちゃのユウの顔が見えた。

 もう、周りも見える。

 ぐっと力を入れたら、両手も動いた。

「ユイ!」

 泣きながら、ユウが抱き着いてきた。

 わたしは、ぐっと力を入れて、腕をおろした。

 その瞬間、ガラスが割れるような、儚くも綺麗な音がして、身体が自由になった。

 同時に、落下する感覚。

 直後に、ユウに抱き着いて、ユウに抱きしめ返されて。

 落下が止まった。


「ユウ、もう大丈夫だからね」

「ユイ、ユイ!」


「信じられない……! 自力で支配から抜け出すなんて……!」


 ミーがうろたえる声がした。

「ミー。あなたも、もう、そんなこと言わなくていいよ」

「何?」

 ユウのリングの機能で、わたしの身体がふわりと浮いたのが解った。

 振り向いて、真正面から見たミーは、不思議と一回り小さく見えた。

 そっか、ミーも、普通のお姉ちゃんだったんだね。

「ねえ、ミー。本当はあなたも、ユウのことが大好きなんでしょ?」

「なんだと?」

 ピクリと、ミーの眉間の皺が震えた。

「ほんとうは、ユウのことが大好きで、心配で。だから、ユウが家族の愛情から目をそらして、友達がほしいって地球に行こうとしたから、悲しかったんでしょ?」

 わたしの言葉に、ユウが驚いたのが解った。

 目を見張って、ミーを、自分のお姉ちゃんを見た。

「あなたの固有能力のテレパシーは、心を読む相手と、繋がるんじゃないの?」

「……」

 ミーが黙った。

「繋がった相手は、あなたの心を読むことまではできなくても、あなたの感情には影響されてしまう」

 ミーの顔が歪む。

「伊緒君を支配したとき、あなたはルール違反したんじゃない。

 伊緒君が、あなたが思っていた以上にあなたの感情に影響されてしまった。

 二人が抱えていた気持ちが、同じだったから」


「やめろ!」


 ミーが叫んだ。

 その声にこたえるように、突風が吹いた。

 ユウが、左手を前に出すと、見えない壁が現れて風を防いだ。

 二人の左手のリングがボワッと光っているので、これもきっとリングの機能なんだろう。


「イオも、お姉ちゃんも、ユイがうらやましかったんだね」


 ユウの声がした。


「イオは、幼馴染二人に愛されるユイがうらやましかった。

 お姉ちゃんは、アタシが愛してるから、ユイがうらやましかった」


 ミーが、ぶんぶんと頭を振った。

「ちがう! うぬぼれるな! 私は、私はお前なんか嫌いだ!

 何もできないくせに、全部から逃げているくせに、それなのに! それなのに、みんなから愛されて! 大人たちから愛されて!」


 ミーの声はひび割れて、駄々をこねる子供みたいに見えた。


「見るな」


 ふと、ミーがわたしの顔を見て、怯えたような顔になった。


「見るな! 来るな!」


 泣き叫んで、ミーはさらに上空へと浮かんでいく。


「ねえ、ユイ」

「ん?」

 ユウが、涙をぬぐってにっこり笑った。


「アタシ、なすべきこと、解ったよ」

「ほんと?」


 真っ白な太陽に照らされたユウの笑顔は、眩しくて、暖かくて、最高にきれいだった。

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