五城目星奈の「特別」

「ユイ!」


 ユウの声?

 あれ? わたし、どうしたんだっけ。ここは真っ暗だから。

 何も聞こえないはずなのに。


 わたしには、なにもないから。


「ユイ。大丈夫だよ、アタシが必ず元に戻してあげるからね」


 何でだろう、ふわっと暖かくなった気がした。

 ずっと耳を塞いでいた、水の中にいるような不快感が、ふっと消えた。

 少しだけ、呼吸が楽になったような気がした。


「セナ。ユイをお願い」

「解った。ユウ、気を付けて」


 セナ?

 セナの声も、聞こえる?


「結。しっかりして、聞いてよ! 支配の数値はまだ、五十程度だよ! 負けないで」


 おかしいな、わたしには――


「なにも……ない」


 声が出た。気がした。


「結……! そんなことない!」


 セナの声が、ひび割れた気がした。


「覚えてないの? 結。ボクがさ、小学校に上がったとき、うちの工房のCMがテレビで流れててさ……みんなが五城目窯の子って、CMの家の子って、ボクのことからかってさ。

 ボク、こんなヤツだから、すぐに言い返してさ。みんなに怖い子って敬遠されて。

 でも結、みんなに言ってくれたじゃん。最初にセナを傷つけたのは、誰だって!

 セナが嫌がってるのに、笑ったくせに、やめてって言ってもやめなかったくせに、言い返されたら怖いなんて、おかしいって。

 結が、ボクを守ってくれたんじゃないか」


 セナ……そんなこと、早く忘れていいのに。

 嫌なことは、忘れていいのに。


「嬉しかったんだよ。ボク。あの時から結は、ボクの憧れなんだ。

 人間関係なんて、全部全部どうでもよくて、人を傷つけても、ボクは正直そんなに心が痛まなかったんだよ。

 だけど結は、ボクのことも、クラスメイトたちのことも諦めなかったろ。

 結がいるから、ボクらのクラスはみんな仲良くしてられるんだよ。

 結が笑ってなかったら、ボクは学校にだって行かない。

 結は、ずっとずっと、ボクの特別なんだ」


「セナ……」

「結、帰ってきてよ! ユウ! 頑張って! お願い!」


 ユウ。ユウが、頑張ってる。

 わたし、何か、やらなきゃいけないことが、あったような。

 何だっけ。

 すごく大事なこと。

 何かを、伝えなきゃいけなかったような気がするのに。

 ユウ。


「ユウ……!」


「結! 結、泣かないで」


 泣いてる?

 わたしが?

 ふわっと、また体が暖かくなった。


 ほんの少し、視界が明るくなった気がした。

 見慣れた、茶色いくせっ毛が、顔のすぐ横に見えた。


「セナ……」


 セナが、抱きしめてくれてるんだ。

 

 そう思った直後だった。


 何か、強い力に、無理やり引っ張り上げられる感覚がして、わたしの身体は、空に投げ出された。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る