わたしには、何にもない。

 ミーが、わたしたちを見下ろしている。

 ユウが、何かに気付いたようにバッと顔を上げた。


「地球人。なるほど。危険だな」


 ミーの声が聞こえた、気がした。


「今すぐ、終わらせることにしよう」

 

 言うが早いか、ミーがすうっと上に上って行った。

 何が起こるのかと思っていると、ユウがこちらに向かって腕をのばすのが見えた。


 見えたその、視界が、一瞬で真っ暗になった。


「え?」


 ズンッて音にならない音が、空気が自分を押しつぶすような気配が、確かに耳元で聞こえた。


 目の前は真っ暗で、耳の中が、まるで水の中に潜っているときみたいに、もごもごと変な音が鳴り続けているような感じがして、うまく聞こえない。

 怖い。

 何これ、怖い。

「セナ」

 自分の声すら、くぐもって聞こえた。

「セナ! ユウ!」

 聞こえないの? 近くにいないの?

 

 視界に、ぼうっと白い何かが浮かび上がった。

 ウチの学校の制服? 制服姿の女子生徒が、少し前にいる。

 霧がかかっているようで、顔が、良く見えない。


「ねえ。何にもできないヤツが、どうしてここにいるの?」

 え? この声、まさか。

 聞こえてきたのは、わたしの声だった。

 顔が、輪郭がはっきりしてくる。

 ああ。わたし? わたしが立っているの?

「ねえ、ユウに、運命のトモダチ何て言われて、特別になった気になってったの?

 ザンネン。特別なのは、ユウであって、わたしは、何一つ変わってないのよ」

 解ってる。

 そんなこと、解ってる。

「わたしには、何にもない。夢も、目標も。やりたいことも特技も。

 ユウは、わたしなんかと違う。ひとりで他の星に来る勇気、行動力。

 たくさんの技術を使いこなしてるし、ハイジャンプだってすごいでしょ。

 それに、見た目だってあんなにカワイイのよ。

 そのユウを、どうしてわたしが、『おんなじ』ように感じてたの?」


 あ。


「勝手にシンパシーを感じて、勝手にトモダチだってうぬぼれて。

 最後には、ユウは自分の星に帰っちゃうんだから。

 置いていかれるだけよ。そして、何にも持ってないわたしがひとり、地球に残るの」


「かわいそうなわたし。

 でも仕方ないわ。何にも持ってないんだもの。

 ね。わたしに、価値なんて」


「価値なんて」


「ないんだから」


「無価値なんだから」


「泣いて、叫んで、バカみたい」


「だれも、あんたの涙なんて、見てないのよ」


「だれも、あんたの声なんて、聴いてないのよ」


「だって、あんたには」


 なあにも、ないんだから。

 

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