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 思わず目を閉じてしまった。

 強い、強い声だった。

 校舎がビリビリと震えたように見えた。


 恐る恐る目を開けると、ユウが上を睨んでる。

「ミー!」

 セナが叫んだ。

 上を見ると、そこには、昨夜ステージのモニターに映っていた、青白くて無機質な、作り物のように綺麗な、ミーが、浮いていた。

 ユウが、地面を蹴って跳びあがった。

「ユウ! 待って!」

 わたしは、伊緒君から手を離して走り出した。

「結!」

「待って結!」

 後ろからセナと理人君の声がしたけど、振り向いている余裕はない。

「ごめんね!」

 わたしは二人を見ないまま叫ぶと、出入り口を兼ねている大きな窓から校内に入った。

 靴は適当に脱ぎ捨てた。その辺に転がる音がしたけど、どうでもいい。

 靴下が滑るのがイライラする。急げ急げ!

 廊下を全力疾走して、階段を駆け上がる。 

 上へ、上へと走る。

 屋上は鍵がかかってる。

 一番上の三階に上がって、窓の外を見る。二人は、中庭の上空、少し上でにらみ合ってる。

 小さな集会ができる多目的ホールから、中庭にせり出している広いバルコニーに続く窓を開ける。

 バルコニーに出ると、ユウの声が聞こえてきた。


「どうしてこんなことしたの? イオをあんなに苦しめるなんて!

 ルール違反だよ!」

「お前には関係ない」

「お姉ちゃん!」

「あれが、お前のトモダチか?」

 ミーがわたしに気付いた。横目で、わたしを見下ろしてる。

 ドキッとした直後、ミーの姿が消えた。

 光学迷彩?

「これが」

「へっ?」

 

 混乱した。

 たった今、一瞬前まで、屋根の上あたりの高さにいたはずのミーが、わたしの目の前に浮いていた。

 ユウと初めて会ったあの日みたいに。

 けど、あの時みたいなドキドキは、ときめきは全然なくって。

 緑の瞳が、わたしを射抜く。

 怖い。

 さっきの伊緒君に、そっくりだ。


「これが、地球人のトモダチか?」

「あなたが、ミー……」

 怖い。ユウと全然違う。

 こんなにソックリなのに、全然違う!

 ユウが暖かいお日様みたいなら、この人はまるで氷。

 視線だけで全部凍らせてしまいそう。

「ユウが太陽か。地球人の感覚は、わからないな」

「え?」

 何?

 今、この人――

「私の固有能力を、ユウから聞いているのではないのか?

 

 ――テレパシー!


 そうか、わたしの心の中も、読めてるってこと?

「そうだな。お前だけじゃない」

 そう言って、ミーは両手を広げた。

「この星の木々も。鳥も、虫も、動物も。悲鳴を上げているのが聞こえる」

「え?」

「この星の人間の友愛の値は、絶望的だな。人間のことしか考えていないものばかり」

 ざわざわと、風の音がした。まるで、ミーの言葉に同意しているみたいに。

「破滅を願う人間も、たくさんいたぞ」

 そんな――

「こんな星に友好的な支援など、無駄だと思うがな」


「ユイから離れて」

 ユウがの声が、ミーの向こう側から聞こえた。

 ミーは、冷たい目になって振り向いた。

「お前が、このプロジェクトに志願したと聞いたとき、私がどう思ったか。解るか」

 ミーの肩越しに見えたユウの表情が、困ったように歪んだ。

「解らないか。そうだろうさ」

 ミー、ユウの心も読めるんだ。


「まったく、厄介なことになった――と思った」


 何だろう、嫌な予感がする。

 この人、本当にユウのお姉ちゃんなの?


「お前のような無能が、私の比較対象だと? ふざけている。

 お前の能力に合わせて、私が手を抜かなければ、平等な比較などできるまい」


 何――言ってるの?

 ユウの瞳が、金色の大きな瞳が、大きく大きく開いて震えた。


「この島に来て確信した。

 こいつら地球人は、簡単に支配を受け入れる。

 友愛の感情には疑いを。

 善なる行いには冷やかしを。

 美しいものには嫉妬と憎悪を。

 愛しいものには、独占欲を。

 猜疑心と欲にまみれ、すべてに心を閉ざし、愛することを忘れ、信じるべきものを見失っている。

 こんな奴らを支配することなど、あまりにたやすい」


 ミーの手が、突然わたしの首を掴んだ。

「うっ」

 爪が、食い込んでる。痛い。


「こんな状況で、軽い支配をすれば私の課題はクリアだと?

 そんなもの、数秒で終わってしまう。

 だから私は、お前にハンディキャップをくれてやったのだ。

 島に着いてからしばらく、動かずにいた。

 その間お前は何をしていた?

 この子供と、ただ無為に遊んでばかり。

 たかだか百人を取り込むのに、何をもたもたしているのだ」


 苦しくて、うまく頭が回らない。

 何を言ってるんだろう、取り込む?

 たかだか百人を? 本当に何を言ってるんだろう。


「あなた……友達が何か……知らないのね」


 ミーの手が、ピクリと動いて、力が抜けた。


「なんだと?」


 こっちを見た、ミーの目は、驚いたように見開かれてる。

 何を驚いてるんだろう。

 何よ。何を驚いているのよ。わたしの心が読めるんでしょう?

 

「オメー、友達いねえだろっつってんの!」

 答えたのは、私の声じゃなくて、セナの声だった。

「セナ!」

 追いかけてきてくれたんだ。

 セナはバルコニーに飛び出す勢いで出てくると、わたしの首を掴んでいる、ミーの腕に思い切り噛みついた。


「何をする!」


 ミーがそう叫んで、わたしたちから離れた。

「ふん、心が読めてもよけれないってことは、動揺してたんだろ。

 友達いないってのは、図星だな?」

 セナはめちゃくちゃ人相の悪い笑いを浮かべて、ミーを睨み返した。これがなきゃ、ヒーローみたいなのにな。

 ユウ、ユウは?

 ユウの姿を探すと、視界の先、さっき見えた場所でそのまま、悲しそうな顔で、うつむいていた。

 その顔から、光るものが落ちていくのが見えた。

 涙?

 ユウが、泣いてる?


「わたし、ユウのことが大好き」


 声に出してみたら、なぜかわたしの目がしみた。

 胸が、苦しい。

 ぼたりと、わたしの目からも涙がこぼれた。


「でもあなたのことは嫌い! 大嫌い!

 ユウは、あなたを自慢のお姉ちゃんだって言ったのに!

 それなのに! ユウにひどい事ばっかり言って! 信じられない!」


 ミーが、ビクッと震えたように見えた。

 理解できないものを見るような、嫌悪感を丸出しにした視線。

 構うもんか。


「わたしは、あなたを、絶対許さない!」

 

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