「伊緒」視点:差し伸べられる手
心が、ざわざわした。
市役所の駐車場にあった、ライブステージに映った、ユウにそっくりな女。
あれは、この前僕がすれ違った、緑の瞳の無機質な女に違いない。
「カッコイイ! あれだれ? バーチャルシンガー?」
「初めて見たんだけど!」
「お笑い芸人じゃなかったの?」
周囲から声が聞こえる。
バーチャルシンガー?
違う。アイツは、確かに現実に存在している。
ステージを見ると、脇で司会者が困惑しているのが見える。
他にもスタッフらしい人たちが、右往左往しているのが見える。
もしかして、これは想定外のことなのか? まさか、モニターをジャックしたとか?
モニターの女は、踊るように歌っている。
やはり、ユウに似てる。
そう言えば、思わず一人で駆け出してしまった。
理人たちはどこだろう。ユウの背は高いから、きっとすぐ見つかる。
そう思って、会場を見渡したが、ユウの姿がない。
あのボリュームのあるピンクの髪が、全く見えない。おかしい。
――理人。
理人はすぐに見つかった。
まだりんご飴の屋台の近くにいて、キョロキョロしている。近くに五城目星奈はいるけど、成瀬結とユウがいない。
はぐれたのか?
歩きながら、ふと、上を見上げてみた。
また、あの時みたいに、上にいたりするんじゃないかって。
当然そこには、何もなかったけれど。
直後。わあっと歓声が上がった。
曲が終わったんだ。みんなが拍手している。
司会者やスタッフは、まだ困惑してるみたいだ。
「伊緒!」
「理人、成瀬さんは?」
「はぐれちゃったんだよ。ボク、ちょっと電話してみるね」
そう言って、五城目星奈がスマホを片手に離れていく。
「さっきの曲、聞いた?」
「え? ああー、急に結たちを見失ったから、びっくりしてちゃんと聞いてなかったんだ。いい曲だったのか?」
理人は、本当に成瀬結のことばかりだな。
「そうだね、結構いい曲だったと思うよ。それにしても、成瀬さんはまだしも、ユウはあんなに目立つのに、どこに行ったんだろうね」
「うっ! そう、そうだよな」
理人の肩がびくっとはねた。別に、理人のことを責めたわけじゃないんだけど。
それを伝えようと思ったら、突然スマホが振動した。
しかも、僕だけじゃない。理人のスマホからも音がした。隣にいた、美術部の三年生のスマホも、後ろにいた知らない大人のリュックからも、屋台の売り子たちの方からも。会場にいた人間全員、一斉にスマホを取り出す。
何だ?
取り出したスマホの液晶には、指紋ロックを解除していないのに、勝手に動画が流れていた。
さっきモニターで流れていた、ユウに似た女が歌う動画。
「なんだこれ」
「え、怖い」
「どういう演出?」
勝手にスマホが動いて、勝手に動画が流れているんだ。大騒ぎになって、周囲からいろんな声が聞こえてくる。
理人も、五城目星奈も、困惑してスマホに見入っている。
そして画面に、大写しになった文字。
歌:m/e
「ミー?」
変な表記なのに、不思議と頭に浮かんだ読み方。
――聞こえる?
「え?」
今、誰か僕を呼んだ?
けれど、周囲を見る限り、みんなスマホに夢中だ。誰も、僕の方なんて見ていない。
気のせいか?
「理人!」
五城目星奈の声がして、振り向くと、二人はセナのスマホを見ながら難しい顔をし始めた。
そっと、理人が僕の顔を見た。
ああ。
何だろう。
僕、邪魔なのかな?
困ったような理人の顔。
察しが良すぎる自分が嫌いだ。
「成瀬さんから連絡、来た?」
「えっ、あ、うん」
「来た来た!」
僕の声に、二人がパッと顔を上げた。
理人は動揺が丸出しで、さすがの五城目星奈は冷静だ。コイツ、平気でうそをつく。三人の中では一番、僕に近い人間だ。
「ちょっとユウが具合悪くなっちゃったっぽいんだよね。ウチの母さん呼んで、先に帰らせてもらうことにするね。ごめんね、伊緒!」
「伊緒。悪い。花火まで、一緒に見れなくて」
理人、心から申し訳なさそうだな。
許して、あげないとね。
「いいよ、大丈夫。僕も人ごみで疲れたなって思ってたから、ちょうどいいよ」
ああ、解りやすい。
安心したのが、顔に丸出し。
仕方ないよね。
俺は、幼馴染じゃ、ないんだから。
今からじゃ、幼馴染には、なれやしないんだから。
――勝てないから?
ハッとした。
声。さっき聞こえた声だ。
間違いなく。頭に響いた。
「ほんとごめんな、伊緒、あとで連絡する」
「じゃあね、伊緒!」
――その子が、お前の大事な子なんだね。
「うん、じゃあね」
――置いていかれるのは、寂しいわよね。
――大丈夫よ。
――過ぎ去った時間は取り戻せなくとも、その子のこれから先の未来の時間を、全部お前のものにしたらいいのよ。
そうか。
それも、ありだな。
――おいで。こっちよ。
――私の手を、取りなさい。
――お前に、力を、あげるわ。
力?
手を取ったら、俺のこの、どす黒い気持ちは、消せる?
あいつ。
成瀬結。
あいつさえ、いなければ――
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