本当の目的

 お祭りが終わったあとって、変な静けさがあって、ちょっと切ない。

 いつも、お祭り会場から帰る道でそんなことを思っていたけど、今はそれどころじゃなかった。


 モニターに映ったお姉ちゃんを見たユウは、すっかり落ち込んでしまって、わたしをお姫様抱っこしたまま、展望台の山のUFOに戻ってきてしまった。

 セナにメッセージを送ると、理人君と一緒にこっちに向かうと連絡がきた。

 外からは、お祭りのクライマックスになる、花火の音が、浜辺の方から聞こえている。展望台には、花火を見るために人たちがたくさん来ていて、いつもよりにぎわっていたので、わたしとユウは光学迷彩で透明人間のままUFOに乗った。


「ユウ、大丈夫?」

 ユウは、あれからずっと膝を抱えて、ソファの上で座り込んでる。脱ぎ捨てられた下駄と、鼻緒の痕が赤くなっているユウの足が痛々しい。

 ソファの横に、膝立ちになってユウを覗き込むと、弱々しく、ユウの指がわたしの手をつかんだ。

「ユイ、あのね。アタシ、まだ全部、話してなかったの」

「う、うん」

 お姉ちゃんの話は、聞いてなかったもんね。

「あのね、ほんとは、連盟の課題っていうのは、実験なんだ」

「実験?」


「地球人は異星人の存在を、受け入れられるのか」

 

 ドキッとした。

 今日紹介したみんなは、ユウのことを地球上の外国からきた「留学生」だと思ってる。異星人だとは、思ってない。

 異星人だと知ったら、確かに、怖がって、拒絶する子もいると思う。


「実験で、トモダチを作るなんて、嫌なヤツだよね」

「ユウ?」

「ユイに、嫌われちゃう」

「ユウ……」


 鼻をすするような音がした。

 ユウったら、ちっちゃい子みたい。


「ユウ、わたしのこと、運命のトモダチって言ってくれたよね?」

「うん」

「あれ、実験体を見つけたって意味……じゃないでしょ?」

「そんな、そんな意味じゃない」

 即答での否定。

 嬉しい。涙が出そうなくらい。

「じゃあ、嫌いになったりしない。ユウとわたしの友情が、実験に使われたとしても、ユウが、わたしのこと、本当に友達だと思ってくれるなら、嫌いになるわけないよ」

「……ユイぃ……」

 ようやく顔を上げたユウは、涙でべちゃべちゃだった。

「ユウ、泣かないで」

 ハンカチを差し出すと、ユウは不思議そうにハンカチを見るだけだったので、わたしは涙をふいてあげることにした。

 ふふっちょっと妹みたいで、カワイイ。

 

「あのね、ユイ、アタシ、あんまりトモダチいないんだ」

 落ち着いてきたところで、ユウは深呼吸をしてから、話し始めた。

「サンカク星では、みんなそれぞれ、自分には何かなすべきことがあって生まれてきたんだって考えてるの。

 やりたいことや、どうしても気になってしまうことなんかが、その『なすべきこと』だって考えなんだけど……ねえ、ユイには、すんごく大好きなことや、どうしてもやり遂げたいことってある?」

 ドキっとした。

 ユウの問いは、わたしのコンプレックスそのものだから。

「わ……わたし……には……」

 わたしは、わたしに、そんな「特別」は――


「アタシには、それがないの」


「えっ?」

 ユウの笑顔は、泣きそうな顔に見えた。

「アタシだけ、アタシにだけ、ないんだ。それ。

 正確には、解らないんだ。

 サンカク星の人って、みんなそれぞれに固有能力ってのがあってね。地球の人たちの感覚で言うと、特技に近いのかな?

 みんなその特技を活かして、自分のなすべきことを、なすの」

 不意にユウが壁を見上げると、動画が流れ出した。

 サンカク星の女の人が、踊っている。フィギュアスケートを思い出すような、優雅でアクロバティックなそのダンスを踊る女性の身体には、キラキラ光る、水のようなものがまとわりついている。

「この人は、水を自在に操れる」

「ええっ? すごいね、すごくきれいだし」

 次に映ったのは、逞しくて大きな男の人。大きな大きな樹の丸太。ユウでも二メートル近いのに、そんなユウよりもずっと逞しくて、大きな体のその人が、両手でも抱えきれなそうなほどの巨大な丸太なのに、彼は片手の掌の上に軽々と乗せて歩いている。

「この人は、まあ、力持ち? みたいなものかな?」

「力持ち……」

 力持ちで済ませていいのかな……?

「この人たちみたいに、目に見えるような能力の人もいるし、見えないタイプもいるんだ。例えば、テレパシーとか」

 テレパシー? そんな、ザ・超能力なヤツまであるの?

「アタシの力は、ハイジャンプ。高く跳べるだけ」

 え? だけって……!

「それだけだから、一体、何をなしたらいいのか、解らなくて。

 だから、サンカク星のみんなから、ちょっと距離置かれてるんだ。みんなも、どう接したらいいかわかんないんだと思う。

 自分の使命が解らない人なんて、普通いないから」

「それだけって! 十分すごいよ!」

 気付いた時には、わたしは大声を上げて立ち上がっていた。

「ユウはすごい! 空を飛ぶの、怖かったけど、一緒に見た景色、本当にきれいだった……ユウが見せてくれた景色、本当に、すごかった!」

 一息で叫んだら、息が切れた。

 ぜえぜえしてたら、ユウがぽかんとした顔でわたしを見ていることに気付いた。

「わ、わわわわたしったら、ごめん、びっくりさせちゃった!」

 はは、恥ずかしい!

 顔を隠して、大慌てで座り込んだ。一人で熱くなっちゃって、もうわたしったら!

「ユイ。ありがとう」

 ドキドキしながら顔を上げて、ユウを見ようとしたら、ユウの胸が目前に迫ってた。

「わあっ」

 ぎゅうっと抱きしめられた。


「アタシね、今回のミッション、自分で志願したの。トモダチが、ほしかったから」


「ユウ」

 ユウは、こんなに特別で、こんなにカワイくて、こんなにカッコよくて、すごいのに、わたしみたいに、自分には何もないって悩んでたなんて。

 友達がほしかったなんて。

 いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになって、わたしはユウを、ぎゅうっと抱きしめ返した。


 ユウに、笑顔になってほしいよ。

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