お姉ちゃん 襲来

「何だろう?」

「行って見よう!」

 みんな、りんご飴とチョコバナナよりもそっちに興味が移ったようで、ステージが見える方へと移動を始めた。

「ユイ、アタシも見たい」

「えっ?」

 ユウの声が、いつもよりちょっと低く聞こえた。

「行こう!」

 セナがステージの方に歩き始めて、伊緒君もふらりと歩き出したように見えた直後、音楽の音色に、歌声が乗った。


 きれいな、透き通った歌声。

 だけど――


「――おねえちゃん」


 ユウの声が、耳元で聞こえた。

「え? って、うわあ!」

 ユウが、わたしの身体を突然、お姫様抱っこで抱えた。

 ふと隣を見たら、理人君が目を見張っていて、ものすごく驚いているのが見えた。

「え? どうしたの? へっ?」

 オロオロしていると、ユウの身体に力が入るような感覚があって、直後。

 夜空にハイジャンプした。

「きゃーっ! ユ、ユウ! 待って待って! みんなに見つかる!」

「光学迷彩したから大丈夫!」

 え? 光学迷彩?

 恐る恐る首をひねってみると、下で理人君が呆然としてて、他の人たちは何事もなくお祭りを楽しんでいる様子だった。

 さっき理人君がビックリしてたのは、もしかして、わたしとユウの身体が透明になったからかな? え? 透明になる瞬間、他の人に見られてないかな?

 

 風が頬に当たる感覚がして、前を見ると、わたしを抱えたユウは、ステージ正面、上空にいた。


 ステージ上には誰もいなくて、モニターいっぱいに、女の子が映し出されていた。

 動画サイトで見るような「歌ってみた動画」みたいだな、って思った。

 現実感がないくらい、青白い肌で長身の女の子が、熱唱している。

 初めて聴いた曲だったけど、どこか懐かしくて、どこかもの悲しい気持ちになって、切ないっていうのかな。胸がきゅうっとする。

 でも、優しく手を差し伸べられているような、そんな気持ちにもなる。

 ――不思議な歌

 ふと、女の子がアップになった。

「え?」

 女の子の顔は、ユウに似てた。

 うまく言えないけど……冷たいユウって感じがした。

 肌の色は青白くて、髪の色も水色っぽい白。瞳は緑色で、顔には鱗のようなペイント。人間離れしたスタイルの良さ。

 もし、わたしがユウと出会っていなかったら、バーチャルシンガーっていうのかな? 現実の人間だと、思わなかったかもしれない。

「ユウ、あの子、もしかして……」

 あの子、サンカク星の人なんじゃ……。


「うん。アタシの、お姉ちゃん」


「ええっ?」

 ユウのお姉ちゃん? そっか。ソックリなわけだ。

「ユウ、お姉ちゃんも一緒に来たの?」

 わたしの質問に、モニターにくぎ付けのままのユウの瞳が、一瞬揺れた気がした。

「一緒に……それが、同時刻にサンカク星を出発したのかって意味なら、そう」

 なんだろう、いつもの明るくて楽しいユウじゃない。

 武道館で、伊緒君と衝突したときのユウを思い出して、なんだか、ハラハラする。

「お姉ちゃんも、友達を作りにきたの?」

「ううん」

 一瞬。ユウが沈黙した。

 直後、ユウのお姉ちゃんだという動画の女の子が、アップで映って、真正面から、鋭い瞳がこっちを見たように見えた。

 大きく開いた口。するどい糸切り歯に目が奪われる。

 サビのメロディ。

 がなる歌声。

 鳥肌がたった。

 見ている人たちは、呆然としていたり、歓声を上げたりしている。


「お姉ちゃんはね、百人を――」

 

 下から黄色い声が聞こえた。

 クラスメイトたちが、先輩が、後輩が、伊緒君が、彼女にくぎ付けになっているのが見えた。


「百人を、支配しに来たの」


 耳元でささやかれたユウの言葉は、予想外の言葉だった。

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