効率も情緒もすべてを解決する完璧な作戦

 セナが閃いた「効率も情緒もすべてを解決する完璧な作戦」の第一歩として、わたしたちはセナの家でお祭りの灯篭を作っていた。

「セナ、こっちできたよ」

「オッケー。理人は?」

「こっちは俺が五枚、伊緒が六枚書いたぞ」

「ユウ!」

「はい! できたよー!」

 ユウがグローブを外した手で、完成した灯篭を掲げて見せてくれた。


 灯篭は、人の頭よりちょっと大きいくらいの直方体。外周四面のうち、向かい合う二面に浮世絵みたいな、日本画っていうのかな? 着物姿の人を描いた絵が貼られた半紙で、残りの二面には「家内安全」とか「世界平和」とか、「絆」やら「和」やらの文字を筆で書いたも半紙が貼られる。そして真ん中にあるのはろうそくを立てるところね。

 絵は、セナのお父さんが描いた見本があるので、それを半紙の下に置いて、透けたものをわたしとセナがなぞって描き、色は見本通りに塗る。

 文字の方は、墨汁で書道の授業みたいに、理人君と、さっき理人君が呼び出した伊緒君が、セナのお母さんが描いた見本を見ながら書いている。

 そして出来上がった四枚の半紙を並べて、乾いたものからユウが木枠にのりをぬって貼り付けていく。

「理人、毎年この作業を手伝ってたの?」

「ああ、小学生のときに書道の宿題のついでだってセナに手伝わされてからずっとな」

「伊緒君、ごめんね、急に呼び出したのに、快く手伝ってくれて」

「ううん、気にしないで、成瀬さん。理人の頼みは断れないからね」

 ううっ笑顔がまぶしい……!


 伊緒君はついさっき合流したんだけど、友達を一人でも多く増やそうと言い出した理人君が呼び出したんだよね。急だったのに、本当に学校からまっすぐセナの家に来てくれた。

 セナの家が、島でも有名な工房でよかった。わたしの家とかだったら、伊緒君、場所もわからなかったろうし。


 それにしても、伊緒君今朝、ユウのことすごくこわい目で見てたから心配だったんだけど……海外から来た子で、親がサーカスの人でユウもアクロバットができるんだとか、セナが並べ立てた適当な話を、爽やか~に微笑んで信じてくれて。

「日本の文化に不慣れだったなら、学校に勝手に入ってきちゃいけないとか、解らなかったんだね」

 なんて、今朝の騒動まで優しく許してくれて。

 ユウの「友達百人できるまで帰れまセン」(命名・セナ)の件も、留学先で友人を作るっていう研究論文を書きたいとか、セナが用意したそれらしい言い訳に納得してくれて。研究論文ってとこが絶妙に海外っぽい響きだよね。ほんとセナのこういうとこ、尊敬しちゃう。

「僕でよかったらいくらでも友達になるよ」

って爽やかスマイルで承諾してくれて。

 伊緒君、本当に何でもできてモテモテの王子様なのに、いい人なんだな。ユウが宇宙人だってことを内緒にしてること、良心が痛むよ。


 ユウも、今朝伊緒君を警戒してるように見えたからちょっと心配だったんだけど、理人君に「宇宙人だってバレないための十か条」を叩きこまれたせいか、ちょっと眉毛と指先がぴくぴくしなが何とか笑顔をキープしてた。

 でも、一緒に作業を始めてからは、ユウの笑顔のぎこちなさもなくなってきた。伊緒君がいい人だって、ユウも解ってくれたんだね、きっと。


「それにしても、どうしてこの灯篭作りが、ユウさんの論文のために必要なの? それも大急ぎで」

 伊緒君が当然の疑問を投げかけた。

「よく聞いてくれたね! 伊緒君!」

 ほっぺに絵具をつけたセナが、えっへんと胸をはって答えた。

「題して『浴衣姿でお祭りに行ってみんなと仲良くなろう作戦』だよ!」


  セナの作戦はこうだ。

 一週間後に開催される夏祭りには、ウチの中学の生徒もたくさん遊びに来る。

 そこに、浴衣姿のユウを連れて、わたしたちも遊びに行く。

 海外のモデルさんみたいなスタイルのユウが浴衣を着たら、絶対に目立つ。

 小学校の時、一か月だけ短期留学生が来た時みたいに、きっとみんなユウに興味津々になる。ユウの横にわたしたちがいれば、少なくともクラスメイトは絶対話しかけてくる。

 その子たちを捕まえて、ユウの友達になってもらおうという作戦……なんだけど。


「うん、それは解ったんだけど、それでどうして僕たちが灯篭を作ることにつながったのかなって」

 伊緒君の疑問はもっともだった。

 というか、最初わたしたちも、こんなことになるとは思ってなかったのだ。

 セナが、お母さんから浴衣を借りてユウに着せてみようと言って、ユウを連れてセナの家に来たものの、ユウが着れるサイズの浴衣が、なかったのだ。

 ユウ、身長、百八十センチ以上あったのよね……。

 ネットで調べたら、明日中に注文すれば、五日で届く高身長の人用の浴衣のセットがあったので、それを買おうってことになったんだけど、それが、五十パーセントオフセールで、一万円だったのだ。

 一万円。

 中学生には、なかなかの大金よね。

 この灯篭は、毎年、一つ完成させるごとにお駄賃として五百円貰える、というルールでお手伝いしている。つまり、今日と明日でニ十個作れば、セナのお父さんから一万円のお駄賃がもらえるというわけ! 送料と、お祭り当日のお駄賃も考えて、目標は三十個!

 ……という内容を、理人君が上手にまとめて説明してくれた。さすが理人君。わたしは大人しく絵を描いてよう。

「なるほどね」

 伊緒君はクスクスと笑った。

「セナさんも理人も、まるで悪戯を思いついて、親にバレないようにこっそり行動に移そうとしてる……みたいな態度なんだもん。どんな悪いことを考えてるのかと思ったら、ユウさんに浴衣をプレゼントして、島の祭りに招待したいってだけなんだね」

 あ。そういう言い方をすると、急に美談みたいになったな。でも、わたしたちはユウが宇宙人だってことを隠してるからか、どうしてもちょっとコソコソしちゃうんだよね。悪い事は、何もしてないのにね。変なの。

「ほらほら、納得したらどんどん行こう! ユウ、何個組み立てた?」

 毎年のことではあるんだけど、灯篭つくりをしているときのセナはまるで「現場監督」だ。

「ん?」

「わあ! ユウー!」

 セナの悲鳴に顔をあげると、にっこり笑ったユウの両手が、のりでべったべたになっていた。どうやら半紙の絵具や墨汁が乾くまでの間に、木枠にのりをぬっておこうとしたらしい。木枠を五個くらい上に重ねて、木枠のタワーができている。

「もしかして、一気に上から下にだーってぬろうと思った?」

「うん!」

 笑顔のユウから、理人君が気まずそうに顔を逸らした。

 理人君もやったもんね、これ。効率がいいと思ったとかって。

「ユウ、のりも絵具や墨汁と同じく、乾いちゃうから……って、わあ、その手でボクを触らないで!」

 何だか、こうやってわいわいしながら灯篭を作るの、いいな。

 小さい頃に戻ったみたい。


 今年の夏休みは、なんだか賑やかになりそう。


 きっと、大人になってもずっと、忘れないような――そんな夏になる気がした。

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