宇宙人、不審者になる。

 武道館のど真ん中で、仁王立ちしているユウの前に、剣道着姿の伊緒君が立っていて、その横に尻もちをついたような姿勢で呆然と座っている理人君が見えた。

 伊緒君も理人君も、面を外していて顔がよく見えたんだけど、理人君にしてはめずらしいくらいぽかーんとした顔をしていて、伊緒君に至ってはものすごく怒った顔で、怖いくらいだった。


「君が何者で、誰に用があろうとも、ここは学校の敷地内なんだ。許可なく立ち入って、部活動中の生徒に怪我をさせたなんて、ただの不審者でしかない」


 伊緒君が、突き刺さりそうなくらいとげとげしい口調で言った。こんな伊緒君見たことない。伊緒君はいつも笑っていて、どちらかというと理人君の方が怒ったり感情をあらわにしてるのが普段の光景なのに。


「今、ケガって言った?」

 セナの言葉でわたしはハッとした。理人君、もしかしてどこかケガしたのかな?


「ユ、ユウ!」


 思わずわたしはそう叫んで、靴を脱いで剣道場に入って行った。

 ユウが、わたしの声に反応してこちらを振り向く。わたしを見るなり、ぱあっと音がしそうな勢いで笑顔になると、昨日のように抱き着いてきた。

「ユイ~! 探したよ! 会いに来たの!」

「ユ、ユウ、ど、どうしたんですか? 何が……」


「成瀬さん、その人の知り合いなの?」

 攻撃的な響きの伊緒君の声がして、わたしはビクッとしてしまった。

「あ、う、うん。昨夜知り合ったばかりなんだけど……」


「その人、突然ここの空間に現れて、天井から降ってきたんだ」


「へ?」

「はあ?」

 わたしの間抜けな声の後に、セナの声がして、直後外に集まっている生徒たちからどよめきが聞こえてきた。


「何言ってんの、伊緒君! そんなことあるわけ」

 セナが慌てたように言いながら、わたしの隣に立った。

「嘘じゃない。この目で見たんだ。それに、全然下を見ないで降ってきたようでね、真下で素振りをしていた理人にぶつかったんだ」

「えっ? 理人君に?」

 理人君と目が合うと、呆然としていた理人君は、ハッとして我に返ったって感じで頷いた。


「あ、ああ。俺もその、ちょっと集中しすぎてたから、この人がどこから俺にぶつかってきたのかはわからないんだけど……っ」


「理人君?」

 話しながら立とうしたようだったけど、顔を歪めて動きを止めた。

「理人、ケガしたの?」

 セナがそう言って、理人君の前にしゃがこみこんだ。

「足首、腫れてるじゃないか! 早く保健室へ――」

「だ、大丈夫だって、多分ひねったんだよ」

「大丈夫じゃない」


 セナと理人君の会話を遮った伊緒君の声は、ものすごく静かだったのに、ものすごく怖くて、わたし達三人だけじゃなくて、この場の全員が凍り付いた。

 

 ユウ以外。


「アナタ、今すごく怒ってるね」

「ユ、ユウ?」

 ユウの横顔を見上げると、こちらも昨夜のご機嫌なときの顔とは大違いで、すごく真剣だった。

「怒りはエネルギー。そのすべてが悪いとは言わないけど、今のアナタが発しているエネルギーは、良くないものだよ。何一つ、ポジティブなものを生まない」

「不法侵入のうえに、人にケガをさせて、何を言ってるんだ?」


「い、伊緒君……?」

 めちゃくちゃ怒ってる!


「それは、アナタにとってよくないものだよ」

 ユウの声が聞こえたと思った直後、わたしに触れていたユウの手の感覚が消えた。

 同時に、すぐ隣に立っていたはずのユウの姿が消えていた。


「わあっ!」

「きゃー!」

「何アレ!」


 外から悲鳴が聞こえてくる。何が起こったのか解らなくて、セナを見たら、セナはわたしよりもずうっと上の方を見て、口をぽかんと開けていた。隣の理人君も、同じ顔になってる。

 伊緒君は、やっぱりすごく怒ったような顔のまま、でもちょっと動揺したような顔で、上を見て竹刀を握っていた。

 ――上?

 みんなの視線に引っ張られるように上を見ると、ユウが天井ギリギリまで高くジャンプしていた。


 やっぱり。

 やっぱり昨夜のは、夢じゃなかったんだ――


 一瞬。ほんの一瞬だったと思う。みんなが息を呑んでいた。

 わたしも、息をするのを忘れてた。


 ユウが目を細めたかと思った瞬間、ピンクの髪がぶわっと風で逆立って、一気に伊緒君に向かって落下してきた。

「キャーー!」

 誰かの悲鳴とほぼ同時に、ユウに向かって伊緒君が竹刀を振り下ろした。

「や、やめて!」

 気付いたらわたしは叫んで、目を閉じていた。

 目を開けてみると、ユウが振り下ろされた竹刀の先に片手を置いて、ふわふわと浮いていた。わたしと、初めて会った時みたいに、身体をななめにして。

 違っているのは、ユウの表情。

 昨夜はあんなにキラキラしていたのに、今は真剣で、悲しそう。

 そんな悲し気なユウの金色の瞳を、伊緒君は真っ直ぐ睨み返してる。

 緊迫した空気が充満して、気付けば、外にいる人たちまで無言になっていた。


「アタシはユイに会いにきただけ。アナタの大切な人にケガをさせてしまったことは謝るし、ちゃんと治療もする。けど、アナタのそのエネルギー、どうにか昇華することをおすすめするよ」


 ユウは体勢を変えずにそう言うと、竹刀に置いていた手に軽く力を入れて、またふわりと浮いた。

 伊緒君は困惑したような顔をして、竹刀を下げた。


「ねえ、君、ゴメンナサイ。痛いよね」

 ユウはそう言いながら、ふわりと理人君とセナの目の前に移動した。

「き、キミ……」

 セナが何か言おうとした直後、ユウは腰のポーチから、ちょっと大きいサイズくらいの絆創膏みたいなものを取り出した。

「ちょっとごめんね!」

 ユウはにっこり笑って、理人君が痛そうにしている足首に、その絆創膏をペタッと貼った。

「三分くらいしたら、普通に立てると思うけど、十分くらい安静にしてた方が完璧に治るよ!」

 そう言って、ウインクすると、ユウはくるりと向きを変えて、またわたしに抱き着いてきた。

「ユイ! 会いに来たよ!」

「ユ、ユウ、あの……」

「わあっ」

 オロオロしていると、理人君とセナの驚いたような声が聞こえた。ユウのもこもこの髪の向こう側を、背伸びをして横から覗き込むと、二人は相変わらずぽかんとした顔のまま、理人君の足首を見ていた。


「腫れがひいた……!」

「痛くない……」


 ざわっと、剣道部の部員たちや外の生徒たちがどよめいた。

 直後、外から「通しなさい、通して」という先生の声が聞こえてきた。


 えっ先生? ヤバい、大騒ぎになっちゃう!

「ユウ、こっち! こっち来てください」

 わたしは上履きなしの靴下のまま、ユウの腕を掴んで美術室のある実習棟に続く、校内側の出入り口に向かって走った。

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