宇宙人のトモダチができました。

 ズドーンとかドッカ―ンとか、とにかく派手な音がするのを予想して目をギュっと閉じてたんだけど、そんなことは起こらなかった。

 一瞬ふわっと体が浮いたような感覚がして落下が止まったと思ったら、小さく身体が揺れてトンッと静かに着地したようだった。恐る恐る目を開けてみると、公園のど真ん中だった。

 うう、まだ空を飛んでる感覚がする……耳鳴りもすごい。

「はい、到着」

 明るい声が、ものすごく気楽な感じでそう言うと、お姫様抱っこ状態のわたしの足をそっと地面におろして立たせてくれた。

「あ、ありがと……ございます」

 ふらふらして、うまくお礼も言えないわたしの顔を、彼女はちょっとだけ覗き込んできた。

「ユイ」

「え?」

 不意に呼ばれて顔を上げると、目の前の女の子がニィッと笑った。

「アタシの名前は――」

「え?」


 ――不思議な感覚だった。

 唇は確かに動いてるし、声……というか、音も、確かに聞こえてる。

 でも――聞き取れない。


 きょとんとしているわたしの顔を見て、彼女はハッとした。

「そっか……固有名詞は音がないんだ……」

「え?」

 困った顔のわたしに、彼女はにっこりと微笑んだ。

「アタシの名前も、ユイに教えたいんだけど、この星に、アタシの名前を表す音がないから、伝えられなくって」

「え??」

 何を言ってるの? 星? 音がない?

「あのね、アタシ、他の星から来たの」

「は、はい?」

「あなたたちの言葉で言うと、えっと、なんだっけ? あ、そうそう! 宇宙人!」


 ――宇宙人?!


 え? 宇宙人? 宇宙人って、こんな普通に人なの? あの、タコとかイカみたいなモンスターみたいなのとか、目がまっ黒で大きくて、小さい身体で、一切毛がない生き物とかじゃないの?

 まじまじと、頭のてっぺんからつま先まで見てしまった。

 確かに、頭についてるインカムマイク付きのヘッドフォンみたいのは、ちょっと変わったデザインだし、グローブもゲームのキャラクターみたいにぶっくり大きいし、服装はショートパンツにブーツと、おへそが見える丈の短い袖のないポロシャツみたいなもので、コスプレ衣装にも見える。背もすんごく高い。二メートル近くありそう。

 でもでも、普通の人間にしか見えない。


 でも、さっきのは?

 さっき言ってた「重力を操作」するリングとか、ハイジャンプとか。乗り物に乗らないで、あんな小さなリングひとつで空を飛ぶ装置なんて、地球にはないんじゃない?

 それに、あの声。名前の音がないって言ってたよね。不思議な感じだった。音はするのに聞き取れなくて。

 もしかして、本当に宇宙人?


 ドキドキしているわたしのことなんてお構いなしな様子で、ピンクの髪の自称宇宙人の彼女は、とんでもなくカワイイ表情で口元に手を当てて「うーん」とうなり声を上げて悩んでいるみたい。

「名前、どうしたらユイに呼んでもらえるかな」

 あれ? そう言えば――

「名前を聞き取れないなら、どうして今、会話できているんですか?」

 思わず疑問を口に出してしまった。でも、名前を表す音がなくて伝えられないなら、どうして他の言葉は聞き取れるっていうか、ちゃんと日本語で会話できてるんだろう? 向こうが、日本語を学んできたから、とか?


「あ、これだよ! このリング、翻訳機能もついてるの。えーっとね、特殊な……電波って言うのが近いかな? が出てて、指定した範囲内で、アタシが発した音声・言語を、相手の脳に翻訳させる機能。だから、アタシの近くにいる人類は、アタシの言葉をその人が常用している言語で聞き取ることができる。

 だけど、固有名詞だけは翻訳しても変わらないから、名前だけはユイに聞き取ってもらえないみたい」


 翻訳機能? 外国語は翻訳アプリとかよく聞くけど、星が違っても翻訳できるの? どんなすごい機械? しかも、今わたしの脳に翻訳させるって言わなかった?

 いやいやいやいや! 全然わかんない! どういうこと? また目が回ってきそうだよ!

「名前がないと、トモダチとしてお話するのに不便だよね?」

「へっ?」

 あ、そういう話してたんだっけ? えーと名前かあ。あだ名とかでもいいのかな?

「あだ名はどうですか?」

「あだ名? じゃあ、ユイがつけてくれる?」

「ええっ?」

 そんな今知り合ったばっかりなのに? 無理無理!

「えーとえーと、あ、あの、名前は翻訳できないから……名前の意味は翻訳できますか?」

「意味?」

「あの、例えば、わたしの名前、ゆいは、うって意味の言葉で……」

「ユウ?」

「リボンを結ぶとか、人と人との縁を結ぶとか、そう言う意味の」

「それがいい!」

「え? わあっ」

 ビックリして声が裏返っちゃった。突然ギューッと抱きしめられたのだ。

「ユウ、ユウがいい! ユウって呼んで!」

「え? い、いいんですか? あの」

「ユウがいい!」

「は、はい、じゃあ……ユウさん」

 ぐいっと体を離される。両肩はがっしり掴まれてるけど。

「ユウサンじゃなくて、ユウがいい」

 いじけた子供みたいに唇を尖らせている。ううう。初対面の人をいきなり呼び捨てするのはちょっと抵抗あるけど、本人がそう言うなら――


「ユ、ユウ」


 わあ……!

 花が開いたみたいに、ぱあっと笑顔になる。なんてカワイイんだろう。

「ありがとう、ユイ!」

 満面の笑みでそう言われて、心臓が跳ね上がった。

 名前、呼んだだけでこんなに喜んでくれるなんて。

 と、不意に彼女――ユウが顔を上げた。展望台のある山の方をじっと見つめる。

 さっきまでのキラキラした笑顔はどこかへ行ってしまって、今は鋭い目つきになってる。どうしたのかな?

 声をかけた方がいいかなと思ったその時、ユウは突然わたしを見て、にっこり笑った。

「ユイ、今日はありがとう! また明日、会いに来るね!」

「へ、明日? あの、わたし明日は」

 部活なんですけどって言おうとしたけど、ユウは、タタッと数歩後ずさってから、パチッとウインクして、軽くジャンプするように地面を蹴った。

 すごい風が起こって、思わず顔を覆った。目に砂が入っちゃいそう!

 ようやく目を開けると、そこにはもう、ユウはいなかった。

 

 成瀬結。中二の夏休み。

 宇宙人のトモダチが、できてしまった。

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