キミが見せてくれた夜空と急降下

「とっともだちっ?」


 どど、どういうこと? 何が起こってるの? 

 ビックリしちゃって、間抜けな声でオウム返しするのが精いっぱいだった。


「そう、トモダチ! こんなに早く会えてうれしい!」


 えっと……もしかして知り合い? ううん、それはない。こんな綺麗な金色の瞳、さすがに忘れるわけないよね。

「あの、は、初めまして……ですよね?」

「うん! ハジメマシテ!」

 大きな口の端を思い切り持ち上げて、嬉しそうににっこり笑った顔が、めちゃくちゃカワイイ……ってそうじゃない、初めましてか。

「は、初めまして」

 そう言って、ペコリと頭を下げて、足元に視線が移って、わたしはハッとした。


 ここ、ジャングルジムのてっぺんで、はじっこで……


 目の前の、ピンクの髪の女の子足元を恐る恐る見る。


 ……浮いてる……?


 まるでここがプールの中みたいに、ちょっとだけ体を斜めに前に倒した状態で、ふわふわと浮いてる。


「えっ? え……?」

「どうしたの?」

 こてんと首を傾げた顔もカワイイけど、今はそれどころじゃない。

「あの、う、浮いてます……よね?」

「ん? ああ、これ? これはね……」

 彼女はスラッと伸びた長い腕を一度伸ばして、自分の顔の真横に大きなグローブを付けた左腕を、敬礼するみたいに持ってきて、手首で揺れる銀色のリングを見せてくれた。

「これに、私にかかる重力を操作する機能があって」

「じゅ、重力を操作?!」

 なな、何を言ってるんだろう。

「うん。それで今あなたの目線に合わせてるんだけど、ジャンプするだけなら、こんな道具がなくても、アタシの固有能力スキルでできちゃうよ」

「へ? スキル……?」

「見せてあげる!」

「え?」

 言うが早いか、彼女はわたしの手を右手で握ったまま、私のすぐ隣の、一段下の棒に両足をかけた。そして、わたしの肩に右腕を回してぐいっと抱き寄せる。その勢いでぐらりとバランスが崩れた。


「きゃあっ!」

 

 ――落ちる!

 

 わたしが目を閉じると同時、足についていたジャングルジムの棒の感触がなくなって、ゴオッという風の音で耳がいっぱいになった。 

 もうだめだと思ったけど、痛みや衝撃はない。


「こんな感じ! どう?」


 明るく弾む声が、すぐに顔の近くで響いた。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、見えたのは、まん丸なお月様。

 そして、一面の星空。


「わあっ」

「どう? これがアタシの固有能力スキル。あなたの使ってる言語でいくと、ハイジャンプって言ったらいいのかな?」

「凄い……きれい……」


 街灯が邪魔しない、満点の星空と、大きな満月。

 夜空が、こんなにきれいなものだったなんて――。


 感動で言葉を失っていると、嬉しそうに耳元の声が弾んだ。

「ねえ、あなたの名前を教えて!」

「え、えっと、結……です。成瀬結」

「ユイ? ナルセユイ?」

 なんだか変なイントネーション……もしかして、海外の人なのかな?

「えーっと、名前が結で、苗字が成瀬です」

「苗字……」

 呟いた彼女は、ほんのちょっとだけ空を見て、考え事をしているような目になってから、すぐにわたしの顔を覗き込んで笑顔になった。

「なるほどこの星の文化。ファミリーネームがナルセね! じゃあ、あなただけの名前はユイね! ユイ! 素敵な名前! さすが私のトモダチ!」

 そう言うと、彼女は嬉しそうにわたしに頬ずりをした。

「わ、わあああ、ななな」

 突然のスキンシップに思わず変な声を上げてしまった! 顔が近い! と思って、そしてようやくわたしは自分がどういう体勢なのか気付いた。

 わたし、この子にお姫様抱っこされてる!

「お、重いですよ私! お、おろしてくださ……」

 言いながら足元を見て、わたしは声を失った。


「うそ」


 ごおごおびゅうびゅうと、風の音がうるさい。

 足元にあった地面は、今までわたしがいた公園は、ずっとずっと下。

 公園も、家も、学校も、街が……ものすごく小さく見えてる。

 足の下を、配送ドローンが飛行中を意味する黄色いランプを点滅させながら飛んでいく。

 島の全部が、見下ろせるくらい高い場所にいた。

 自分でも何が起こったのか理解できない。けど、もしかして、まさか……空を……飛んでる?


「あ、ハイジャンプについての説明が正しくなかったね。訂正すると、ハイジャンプで跳躍して、重力を操作して高度を保持して今の状態って感じかな?」

「な、ななな」

「よっと!」

「きゃーーーーー!」


 彼女がニコッと笑って、突然急降下が始まった。


「落ちてる――――ーーー!」


 叫ぶわたしにお構いなしに、彼女は地面に軽々と着地して、ダンッと地面を蹴った。

 そしてまた家の屋根を軽々と越えて、ぴょーんとジャンプする。


「う、うわーーー!」

「ハイジャンプは! こんな感じ!」


 楽しそうな声でそう言いながら、もう一度急降下と急上昇を繰り返した。


「きゃああああああああ!」


 悲鳴を上げながら、必死に彼女の首にすがりつくと、不意にふわりとした感覚がして、落下も上昇も止まった。

 どうやらまた、上空で「高度を保持」という状況になったようだった。


「どう?」

「す……すご……ジェットコースターより……怖かった……です」


 ぐわんぐわんと回る頭が落ち着いたころ、足元の視界にセナを見つけた。

 セナはちょうど家から出てきたところだった。スケッチブックや鉛筆や消しゴムなど、セナのスケッチ道具が入った大きなトートバッグを肩から掛けて、玄関の引き戸を閉めてる。


「セ、セナ! 友達が……」

「え? あなたのトモダチ?」


 彼女は大きな目をもっと見開いて、大きな口を嬉しそうに開いて言った。


「は、はい。待ち合わせしてて……戻らないと……」

「解った!」

「へ? あ、あの――」


 もっとゆっくりーーーーーーー!!

 言えなかった言葉は悲鳴になり、心の中で絶叫となり、またしても急降下で公園に落下していく彼女に、必死にしがみついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る