「得意」がない。目標もない。

 セナと家の近くの角で別れて、家に着いた。

「ただいまー……」

 玄関のカギをそうっと開けて、ドアもそうっと開く。そして、音をたてないように足を踏み入れながら、小さくつぶやく。

 玄関にお姉ちゃんの靴があるのを見て、そっとドアを閉めた。

 お姉ちゃんは高等部の三年生。いわゆる「受験生」だ。今、我が家はお姉ちゃんの大学受験一色って感じの雰囲気で。パパもママも、お姉ちゃんのことすごく大切にしてる。体調管理とか、勉強しやすい環境づくりとか。

 まあ、お姉ちゃんはわたしと違って、すごく頭もいいし、運動部で活躍もしてたし、絶対大丈夫だと思うんだけど、お姉ちゃんは努力家だから。

 きっと今日も、図書館で勉強して、今は仮眠中かな? 寝てても起きてても、うるさくしないようにしなくちゃ。

 わたしはそーっと廊下を歩いて、洗面所でもできるだけ音をたてないように手を洗って、階段もそーっと上がって、自分の部屋に入った。

 隣のお姉ちゃんの部屋はすごく静か。やっぱり寝てるのかも。仮眠してお夕飯を食べたら、また勉強するんだろうな。

 音をたてないように気を付けながら着替えて、スマホにイヤホンを繋いで音楽を聴きながら宿題をすることにした。今夜はセナと星を見に行くから、宿題できないもんね。


 宿題のプリントを広げながら、ふと思う。

 きっと理人君や伊緒君は、この宿題を解くときもわたしとは違う気持ちなんだろうなって。

 お姉ちゃんみたいに、目標をもって勉強をしているんだ。

 特に理人君は、高校受験や大学受験だけじゃなくて、お医者さんっていう進学の先の夢もあるんだもんね。宿題として出されたから、教科書に載ってるから、教えられてるからってだけで、ただだくだくと勉強してる私とは、きっと大違い。

 部活動だって。伊緒君はお父さんが警察官で、そんなお父さんを尊敬しているから剣道を始めたんだって、理人君から聞いた。剣道をして、自分もお父さんみたいに立派な人になりたいんだって。

 ちょっとお絵描きが好きで、仲良しのセナが美術部だからってだけで、特に取りたい賞も何もなく、これが描きたいって目標もなく、ただ全員部活動をやらなきゃいけない校則だから入ったってだけの私とは、全然違う。

 セナだって、将来は美大に行きたい。最終的には自分もこの島で、お父さんとお母さんみたいな芸術家になりたいって目標があって美術部に入ってる。

 コンテストにこそあんまり興味はないみたいだけど、でもセナはいつも「これが描きたい」「これを表現したい」って目標を、しっかり持ってる。


 自分が好きなもの、自分が目指すものを、しっかり持ってる。

 

 そして、それができてる。

 理人君は勉強ができて、伊緒君は剣道ができて、セナは絵や陶芸ができる。

 

 みんなみんな――大の苦手はあっても、得意が一個もない、全部平均点の私とは大違い。


 わたしの成績は、どれもこれも七十点とか八十点って感じ。絵も勉強も。運動だけはゼロ点だけど……。

 国語や数学が苦手なセナには羨ましいって言われるけど、美術で二百点くらいのセナの方がわたしは羨ましい。

 わたしにも「大得意」がほしい。

 

「わたし……何ができるのかなー……」


 思わず、ぽつりとつぶやいて、その不安を打ち消すように、宿題のプリントに打ち込むことにした。

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