平凡な女子中学生の、平凡な夏休み2
結局、何を描くかもイマイチ決まらないまま、夏休み最初の部活動は終了。
セナも、実際の夜空を見るまでもう描き進められないからって、早く夜にならないかな~と呟きながら、落書きやデッサンをして過ごしていた。
お昼をすぎてお弁当も空っぽだけど、快晴の夏の陽射しは全然元気。眩しいし、暑いし、何なら痛いくらい。
「あーあ、今だけくもってくれりゃあいいのに」
ため息をつきながら、セナが無地で真っ黒の日傘を、パンっといい音をたてて広げた。
隣でわたしも、花柄とフリルがついた日傘を広げた。小さい頃から一緒にいるから、自然とわたしも日傘をさすようになった。わたしはカワイイものが大好きだから、日傘ってフリルやレースがついてるのが多くて好きなんだけど、セナは同じ女子でもフリルやレースは「甘くて鼻血が出る」と言って、自分には似合わないって断固拒否。
「セナ、結、今帰りか?」
「えっ?」
急に後ろから声をかけられて振り向くと、靴棚の前に、理人君が立ってこちらを見ていた。
「おー、理人~オツカレ~」
セナが軽い感じで答える。
理人君は、短く切った真っ黒なショートヘアで、制服も模範的に着こなしている、自他共に認める優等生の、学級委員長。普段、キリッとしている目じりが上がった目が、今はちょっと慌てたような感じでこっちを見ていた。
「理人君、お疲れ様。剣道部も今帰り?」
わたしが答えると、理人君は外靴を手に取りながらこちらを見て、返事を言おうと口を開いた。けど、答えたのは、理人君のすぐ後ろの男子生徒だった。
「そうだよ、美術部もお疲れ様、
「あっ」
爽やかな笑顔でそう言ったのは、剣道部のエースでクラスメイトの
「伊緒君さ、ボクのことゴジョーメって苗字呼びすんのやめてっていつも言ってるじゃん。セナって呼んでよ」
すぐさまセナが不貞腐れた声で言った。
「そっか、ごめんごめん、セナさん」
「さんもいらないけどな~」
セナは、「五城目」とか「星奈さん」とか呼ばれるのが嫌みたいで、小さいころからみんなに呼ばれてた「セナ」っていう愛称で呼ばれたがる。
セナは、自分に「女の子らしい」ものは合わないって思ってるから、可愛らしい響きの「セイナ」っていう名前で呼ばれたくないし、苗字呼びは、小さい頃とある出来事がきっかけで嫌いになったんだよね。
「さん」もつけなくていいというセナの言葉には、伊緒君は特に答えないでにっこりと笑っただけだった。こういうとき、伊緒君とわたしたちの間に、ちょっとだけ壁というか、距離を感じるけど、男子と女子だから仕方ないのかもしれないとも思う。
それに、伊緒君みたいに「特別」な人が、わたしなんかと親しくなるわけないっても思うしね。
セナが当然のように、理人君たちが追い付いて来るのを待っている。わたしとセナと理人君は、同じ保育園に一歳で入園したときからずっと一緒だから、何も考えずに一緒に行動しちゃう。保育園の頃は、二人のことが大好きで背中を追いかけてたって感じだったけど……今はもう当然で当たり前で自然なことみたいな感じ?
「セナ、今年も家の手伝い忙しいのか?」
理人君が、つま先をトントンしながらセナのすぐ後ろに立って言った。
伊緒君は理人君より少し後に靴を出してたのに、もう完璧に靴を履き終えて、わたしの真後ろで理人君のすぐ隣に立っている。
四人並んで校庭に歩き出した。
「んー、まあね~。ボクは自分の作品だけ描いてたいトコだけど……」
「わたしも手伝うよっ!」
セナのパパとママは、島の伝統工芸品を作ってる。陶器で、島伝統の模様がついてるんだよね。星見焼って言う名前で、セナは安直だってブーブー言ってるけど、結構有名で、全国的に人気らしい。
で、夏のお祭りが近づくと、星見焼の風鈴を出店に出したり、町内会のお祭りのために灯篭に絵を描いたりして、いろいろと忙しいのだ。さすがに風鈴とかの焼き物は手伝えないけど、灯篭を作るのはちょっとだけ手伝えるので、わたしも理人君も毎年夏まつりが近くなると、セナの家に集合してた。
「ありがと、頼りにしてるよ結! でも、理人は今年は手伝い不要だからね」
セナがわたしに笑顔で言ったあと、顔をしかめて理人君に言った。
「え? どうして?」
わたしが小首を傾げると、答えたのは伊緒君だった。
「休み明けに剣道の県大会があるからかな?」
「そう! 理人は来年難関高校受験するかもしれないんだから、そうなったら今年が中学で一番剣道に集中できる時期じゃんか。ウチの手伝い何てしてる場合じゃないだろ?」
セナの言葉を聞いて、当の理人君を見ると、目をぱちくりして驚いているようだった。
「いやえっと……」
「理人、手伝う気だったんじゃないかな?」
伊緒君が困ったような顔で笑った。セナはお見通しと言いたげに、目を細めた。
「そんなとこだろうと思ったよ。灯篭の準備は、我々美術部チームに任せたまえ」
フン! と鼻息荒く言うセナを見て、私も慌ててセナと同じポーズをとった。
「そうだよ理人君! 剣道、頑張って!」
わたしがセナの真似をして、フンスと鼻息荒く言うと、なぜか理人君の顔は真っ赤になった。
「わ……わかった」
「そうさ、ボクら応援に行くからね! ね、セナ」
「え? う、うん! もちろん! 頑張って!」
セナに合わせてそう答えながら、何月何日だっけ? なんて思ってたのは、理人君には内緒にしておこう。
だって理人君ったら、すごく引き締まった顔になって。
「おう!」
って真剣な声で応えてくれた。これはこちらも、真剣に応援しなくちゃね!
伊緒君が、少し困ったような顔になって笑ったところで、理人君と伊緒君が立ち止まった。
「じゃあ僕たち、本屋に行くからここで。またね、セナさん、成瀬さん」
「じゃあな、セナ。結」
「うん、またね」
「じゃーなー!」
わたしたちは、日傘が作った影のなかで、坂道を下っていく二人の背中を見送った。
学校は高台にある。二人の向こうには、商店街やショッピングモールがあるにぎやかな景色が見えてる。
「理人君、本当に本土の高校受けるのかな」
「うーんまあな~……医者になりたんだろ? 大学は医学部になるじゃん。医学部ってそりゃもうめちゃくちゃ頭よくなきゃ行けないじゃんか」
そうなのだ。理人君はおじいさんがお医者さんで、ご両親は看護師さんと薬剤師さん。一族がみんな病院関係者っていう家で、いつかはおじいさんがやってる島のクリニックを継ぐんだって。
そのためには、島にある高校じゃなくて、本土にある県立高校に入らなきゃいけないんだって。寂しいけど。そうなったら、わたしとはきっとお別れだ。
ちなみに、伊緒君も同じく本土の県立高校を目指してるって噂だった。二人で、参考書でも見に行くのかもしれないなあ。
「そうだよね……セナも、美大に行きたいんでしょ?」
「ん? んー……まあね~。一度は島の外にも行って見たいと思っているけど……高校は高等部に行くつもりだから! 産業科とか面白そうじゃん!」
セナはそう言って、自分の着ているつなぎをさした。このつなぎ、実は高等部の産業科の生徒が着てるもので、高等部の購買部で買えるんだって。なんとセナったら、一人で高等部に行って「お兄ちゃんに頼まれて」なんて嘘ついて買ってきたのだ。好奇心と勇気がありすぎるよね。
「うん……でも、いつかみんな、島を出てくんだよね」
「ん~……そうだな~……どうなるかはわかんないけど、今でも進路を決めろって言われるもんな……大学も見据えないと高校も選べないとか、面倒だよな~」
早すぎるよ。
生まれてまだ十四年しかたってないのに。
セナや理人君と知り合って、十三年。そう考えるとすごく長い気がしたけど、高校進学でバラバラになるのが一年半くらい後って思うと、一瞬のことのような気がして、怖くなった。
きっと理人君や伊緒君は、将来の夢のために、島を出ても強く、まっすぐ前を見て進んでいくんだろう。
いつか、セナだってそんな風に島を出て行くんだろうな。
「やだな……わたしには、何にもないから」
「結……」
セナの悲しそうな声で、わたしは我に返った。
「あ、まあでもほら、そうだよね、先の話だよね! 今はまず、絵のこと考えなきゃ! わたしも夜空を見たら何か思いつくかもしれないし! 今夜、お夕飯食べたらいつもの公園に集合だよね?」
「う、うんそうだけど、結。あのさ、結には何もなくなんてないぞ」
「え?」
セナが、まん丸眼鏡の奥から、真剣な目でわたしを見つめる。思わずドキッとした。
「結がいなかったら、ボクは今、生きてないかもしれないって思うんだ。結は、ボクの、ううん、ボクと理人の特別なんだからな」
「セナ……ありがとう……」
セナはわたしが落ち込むと、いつもそう言ってくれる。
すごく嬉しいし、この一言が、セナと理人君の存在がわたしの支えだった。
だからこそ、怖いんだ。
二人と離れて、本当に何もなくなっちゃうときが来るのが。
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