平凡な女子中学生の、平凡な夏休み

 星見市立ほしみしりつ星見学園中等部ほしみがくえんちゅうとうぶ

 渡り廊下から見上げる空は、今日も快晴。

 夏休みが始まったばかりの校舎には、今日も部活動のために登校してきた子たちでいっぱい。

 結局いつもと同じくらいの人数が学校に来ているけれど、でもみんなそれぞれの部室や活動場所にしか行かないから、全然会わないクラスメイトもたくさんいる。

 ちょっとだけ不思議な感じで、ちょっとだけの非日常感。

 この感じが好きだなあって、思う。

 わたし、成瀬なるせゆいは、美術部の二年生。

 洗いたての作業用のエプロンが入ったリュックを背負って、渡り廊下の先にある我らが部室、美術室を目指す足取りは、いつもより軽い。

 体操着姿で登校してきている運動部の子たちと違い、文化部の私は制服の夏服姿。襟と袖口に青いラインが三本入った白いシャツに、ライトベージュのニットベスト。膝丈の水色のスカートの裾には、白いラインが三本。校章が星座の「夏の大三角」をモチーフにしているから、ラインは三本なんだって。

 ここ、星見学園は、星見島ほしみじまっていう島にあるの。

 高校は、ウチの高等部の他にもう一つあるけど、小学校と中学校は、ここ、星見学園一つしかない。だから、必然的に中学生の制服もこの制服一つだけなわけだけど、割と気に入ってるんだ。

 まあ、わたしみたいな「普通が服着て歩いている子」なんて言われるような、平凡な見た目じゃなくて、もっとカワイイ子が着たら、もっともっとカワイイと思うけど。

 大きくも小さくもない目に、高くも低くもない鼻で、さして特徴のない口に、耳より下の高さで二つに結った髪。どこにでもいる、何の取柄もない普通の女子中学生。

 

「おはよー! 結!」

「わっ」


 突然後ろから肩を掴まれて、思わず大声を出してしまった。

 振り向くと、幼馴染で同じ美術部のセナこと星奈せいなが、体操着の上に絵具まみれのつなぎを着て、ゴキゲンで立っていた。

「おはよ、セナ。家に迎えに行ったら、もう学校行っちゃったって言われて、びっくりしたよ」

「あー、ごめん、インスピレーションがこう、ぴぴぴっと来ちゃって、もう今すぐに描きたい! ってなっちゃってさあ」

 キューピッドみたいなくせ毛のベリーショートに、ちょっと目じりが垂れた目と、まん丸眼鏡。わたしと違って、個性溢れる幼馴染のセナ。

 見た目だけじゃなくて、芸術に夢中になると周りが全部見えなくなっちゃうなんて性格まで、個性の塊。

 わたしの、憧れの人の一人だ。

「それでどう? いいの描けた?」

「うーん、それがさあ、いざ描き始めたら、何かちょっと違うなあって思ってさあ。それでちょっと図書室行ってきたんだ」

「図書室?」

「そうそう、ちょっと星座について調べにさ」

「星座?」

 話しながら歩き出す。渡り廊下の先で、体育館の入り口手前を右に曲がれば実習棟への入り口。

 実習棟は小学生も授業で使っているので、中等部の校舎と小等部の校舎、どちらからも行けるような場所にある。

 美術室と、技術室(兼図工室)とそれから、家庭科実習室に理科実験室なんかが並んでる。どの部屋にも部活をしている生徒たちがいて、それぞれの活動をしている気配がする。中には小学校のクラブと一緒に活動してる部活もあるんだよね。科学部とか。

「そ。星座。ほら、ボク、晴れてる時あんまり外にいれないじゃん?」

「うん」

 セナは日光アレルギーなんだよね。セナによると、軽症だから日傘さえあればちょっとは日光にあたっても平気だし、万が一光に当たっても湿疹が出る程度だから日常生活に支障はない……らしいんだけど、さすがに屋外での写生なんかは、ドクターストップってことで、セナだけ不参加になっちゃう。

「夜空の下なら、いくらでもいられるじゃん! って思ってさ! 夜空をテーマにして絵を描こうと思って!」

「なるほど。いいと思う!」

 そう言いながら美術室のドアに手をかけると、廊下のずっと向こうから、パーンという鋭い音がした。剣道部の竹刀の音だ。

 セナが音がした方に目をやって、うんうんと頷いた。

「剣道部もがんばってんね~」

 セナの視線の先には、小中高兼用の武道館がある。武道館を使ってるのは剣道部と柔道部。今日は剣道部が使ってるみたい。

「確か、もうすぐ県大会があるんだよね?」

 私がそう言うと、セナはちょっと悪戯っぽく笑って、私を上目遣いで見た。

理人りひと、結に応援してほしいんじゃない? 今度、様子見に行こうよ」

「えっ? そうかな? 県大会、理人君も出るんだよね?」

 理人りひと君はセナと同じく、家が近所の幼馴染。保育園から一緒の仲で、剣道部の一員で、わたしたちのクラスの学級委員長。クラスって言っても、そんな大きな島じゃないから、一学年、一クラスしかないんだけどね。

「そうそう、そこそこ頑張ってるみたいだよ。幼馴染としては、応援してやってもバチは当たんないっしょ」

「もちろん応援してるよ。でも、剣道部の練習に行くのは邪魔になるような気がするから、大会当日応援に行けば十分じゃない?」

「うーんまあ、それでもいいんだけどさ」

「?」

「まあ、いっか。そんなことより、絵の話しようぜ! 入って入って!」

「あ、うん、星座モチーフだよね」

 ガラリ、と音を立てて美術室に入る。

「おはようございます」

 挨拶をすると、中には三年生の先輩が二人と、一年生が一人いた。中のみんなはそれぞれに挨拶を返してくれる。ちなみに美術部の二年生は私とセナの二人。つまり、この五人が現在の中学の美術部の全員ってこと。

 顧問の先生は美術の先生なんだけど、あんまり様子を見には来ない。好きに描きなさいっていう指導方針なんだとか。

 セナ以外の部員たちは、今来たばかりの様子でそれぞれにエプロンを着たり、自分のイーゼルを出して来たりと、準備をしている。

 わたしもいつもの位置にリュックを置いて、エプロンをかけながら、早くも描きかけのスケッチブックと絵具や鉛筆を散らかしているセナの作業スペースに向かう。

 いつ見ても、セナのスケッチブックの中はすごい。

 わたしの何百倍も上手なデッサンがたくさん。端に描かれたらくがきですら素敵に見える。さすが、美術大学に入るって、今から決めてるだけあるよね。

 絵のレベルも、普通を極めているわたしとは大違いだな。

 ちょっとだけ心に雲がかかるような感覚を振り払うように、きゅっと腰のリボンを結ぶ。

「セナ、星座モチーフってどんな感じ?」

「やっぱ夜空を描くにしてもさ、ただ黒に適当に星の点々打つんじゃなくて、ちゃんとした空を描きたいんだ。やっぱうちのガッコにいるからには、夏の大三角かなって」

 セナはそう言って、自分が着ている体操着の胸元にある、校章を指した。

「いいんじゃない? 今の季節なら見えそうだし」

 わたしがそう言うと、セナは目を輝かせて私の顔を真っ直ぐに見た。

「だよね! じゃあさ、今日の夜、一緒に天体観測と行こうよ!」

「えっ」

 相変わらず急だなあ。

「だめ?」

「ううん、大丈夫だと思う。家に帰ったらママにお願いしてみるね」

「OK出なかったら、ボクも一緒にお願いするよ!」

「ママ、セナには甘いからすぐOKしそう」

 クスクスと笑いながら、わたしは自分のスケッチブックを広げた。

 夏休み明けに市役所が主催の絵画コンクールがあるから、それに出すための絵を描かなくてはいけない。

 テーマは「自然との共存」。

 わたしたちが暮らすこの星見島は、国指定の環境モデル都市なんだって。

 それも、最先端っていうのかな? 一番新しく指定されたモデル都市で、脱炭素を目的にしてる……とかなんとか……。

 例えば、車は全部電気自動車か水素エンジン。ガソリンで走る車は島には入ってこれない。荷物の配達なんかはドローンがやってるし。あと、電力は基本的に再生可能エネルギーによる発電。ダムの水力発電・島中いたるところにある風力発電のプロペラと小水力発電の水路。島のどこからでも海上に見える、洋上風力発電装置。住宅の屋根にはソーラーパネル。

 ゴミの分別も島の外に比べたらすごく厳しいらしいし、島のいろんな場所にリサイクルボックスがあって、いつでも持っていくことができる。

 とにかく、こう、「エコ」って感じの島なんだよね。

 わたしやセナみたいな生まれた時から島にいる子は、この生活が当たり前なんだけど、島の外の人たちからしたら結構すごい島みたい。

 そんなわけで、星見島=星見市で、星見市が主催するコンクールっていうのは題材がいつも「自然」とか「エコ」にかかわることばっかりってわけ。

 でも、セナがさっきから言ってる「星座モチーフ」の絵は多分、このコンクール用じゃない。単にセナが今描きたいだけのものだと思う。

 セナはあんまり、コンクールでの受賞に興味がなくて、描きたいものを描きたいときに描きたいって感じの自由人。

 ほんと、そういうとこ憧れちゃう。

 物心つく前から一緒に育ってるのに、わたしとは大違い。

 わたしにしてみたら、コンクールやテーマなんかは、ちゃんと守ってちゃんと描いて、ちゃんと出さなきゃいけないって、そんな風に思って描いてる。

 描きたくてたまらなくて、その気持ちが溢れて作品になるって感じのセナの姿は、本当に憧れちゃうなあ。

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