愛情表現がキッツい僕のエキュート

@dekai3

エキュート 牝16M16栗 8,450,235,000 1⃣1⃣1⃣ 60 0 0 1

『もしも私が負けたら、その時はおいしく食べてね…』


 そう言っていた彼女は、波いる強豪を最後尾から追い抜いては大差を付けるという見事な追込みの走りを魅せて重賞を勝ち続け、最終的に協会から『強過ぎて勝負にならないので永世チャンピオンにするから出走しないで下さい』と言われてお肉になる事なく村の牧場に帰って来ては微妙に不貞腐れた顔をしながらも上着に縫い付けたまるで撃墜数かの様な金メダルをジャラジャラさせながら今日も僕とこうして草原を散歩と言う名のハイキング(片道50km)と洒落込むのだった。


「何、その顔。何か言いたい事でもあるの?」

「いや、今日もエキュートは可愛いなと思ってね」

「な、何を当たり前の事をッ!! わわ、私が可愛いのは当然つだしょ!!」


 噛んだな。

 

「〜〜〜〜!!」


 容姿を褒められた事とセリフを噛んだ事で顔を真っ赤にして切れ長の目を細めてそっぽを向きながら時速60km以上出ているだろうスピードで草原を駆け抜けるエキュート。背中に乗っている僕は振り落とされない様に風になびく三つ編みのツインテールに挟まれながらもしっかりと腰に手を回してしがみ付くのだが、エキュートはそれも恥ずかしいのか一層と速度を上げて駆け抜ける。恐らくこれは最後に出場した世界セントウル最速決定複合レースの時よりも速い。流石は永世チャンピオンだ。


パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ


 僕を背に乗せたまま草原を駆け抜け山の中腹へと向かっているエキュートはセントウルと呼ばれる上半身が人間で下半身が四本の脚という種族の女の子で、彼女達の種族はとにかく『速く走る』事を生きがいにして常に速さに関する何かしらで争っている種族である。

 その為、王国には彼女たちの為だけに大きなレース場が作られていて、何か月かに一回の重賞レースや毎週開かれる様々なレースを行っている。レースに出ない人でも運送業や軍人なんかをしていて走る事を生業にしていない人は居ないだろう。

 そして厄介な事に彼女達の種族は自分が走れなくなった時は家族に自分の肉を食べて貰って次の命に自分の思いを託すという習慣を物を持っているので、冒頭の様な『負けたら食べて欲しい』という発言が出るのだ。


 まあ、ぶっちゃけ馬。

 彼女は競馬で勝ちまくった競走馬って事。

 で、故障した競走馬はお肉にされるじゃん? あれを自ら望んでるって感じ。


 どうでもいい事で僕はこの世界の農場の倅に異世界転生し、僕が産まれた次の日にエキュートが産まれ、歳が一緒という事で幼馴染として十六年間を過ごしつつ、僕が持つ生前(今も生きているから生前というのはおかしいかもしれない)のトレーニングの知識を元にエキュートを育成したら元々あった彼女の才能と合わせてすごい結果が産まれて、まだ全盛期真っ最中なのに永世チャンピオンになり引退したという流れだ。

 村では僕もエキュートも天から授かった奇跡の子扱いされている。僕は実際に女神様に転生させられているからそれで正しけど。


パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ


「……ふぅ」

「落ち着いた?」

「………うん」


 村どころか王国まで見下ろせそうな程の高さまで山を駆け抜けて止まったエキュートに声をかける。

 こっちの世界で生まれてからずっと一緒に居た相手だからエキュートが落ち着くタイミングは分かるし、エキュートも自分の事を分かってくれる相手の僕だからこそこうして甘えてくる。他の人の前では物凄くおしとやかで喋らないんだけど、あれは人見知りしてるだけなんだよね。


「そろそろ帰ろうか。夜の山は何が出るか分からなくて危ないし」

「そうね。私は良くてもアランは弱いものね」

「何かあったらエキュートに守って貰うとするよ」

「そうよ、分かってるじゃない。私を頼ればいいのよ」


 エキュートのトレーニングに合わせても自分も走ったり重い物を引っ張ったりしていたから結構筋肉はあるし人間の中では結構強い方ではあるんだけど、そりゃセントウルと比べたら人間は弱いさ。

 でも、エキュートはこうやって『自分の方が守る側』というスタンスで居たがるからそこは反論はしない。幼かった頃は泣き虫だったし僕の事をお兄ちゃんとして慕ってくれていたんだけど、レースに出て賞金を稼げるようになってからはこうして自分を頼る様に言ってくる。

 これも一種の甘えたがり行為なんだろう。実際に何かあったときはエキュートの方がフィジカル面で優位だから頼らざるを得ないのでいいんだけど。


「♪~~」


パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ


 先ほどとは打って変わって落ち着いた歩調で山を下るエキュート。一度全力で走ったのもあるのか機嫌よく鼻歌を歌っている。

 こうして見ると、下半身は馬だし背中に僕を乗せているし王国で永世チャンピオンになる猛者であってもただの年頃の十代の女の子にしか見えない。ちょっとばかし育成に成功しすぎて同年代の他のセントウルよりも筋肉も胸も大きくなってしまっているけど、栗色の髪の毛は僕が毎日ブラシをかけているからツヤツヤだし、体の隅々もしっかりとマッサージをしてあげているからしなやかで瑞々しい。ついでに食事や化粧品も厳選して美容にも気を使ってあげているから肌なんかとても綺麗だ。

 レースだけじゃなくて美しく走る事が求められる部門でもぶっちぎりで優勝した僕の自慢のエキュート。


 ちなみにセントウルは下半身が馬だから色々な事が自分一人では出来ない種族で、だいたいヒューマンの誰かが介添え人として側に着いてあげる事になる。普通は介添え人は同性なんだけど、エキュートの場合は村に同年代の子が居ないのと僕にとても懐いていたから僕が介添え人をしてきた。エキュートが街に出てレースで走る様になってからも気難しい性格だから他の人には頼まずにずっと僕。だからエキュートは僕が育てたも同然だし、勿論シモのお世話もしてあげている。自分で服を着替えるどころかお尻を拭いたり洗ったりも出来ないしね。


 だから、まあ、エキュートにとって僕はそういう場所を見せても大丈夫な相手という訳で、同年代が居なかった僕も満更でも無かったし、レースに影響が出ない範囲でそういう事もした。

 精神は大人でも思春期は来るんだから仕方ないよね。


「今日は何を食べる? 久しぶりに人参と林檎のまるごとスープが食べたいわ」

「久しぶりって、一昨日も食べたじゃん?」

「私は早く移動出来るのだから一昨日でも昔の事みたいに感じるのよ」

「……本能でウラシマ効果を理解しているだと?」

「ウラシ…何?」

「なんでもないよ。この間作ったベーコンも入れようか」

「そうね、私を一人で全部食べる為に覚えた燻製技術だものね。有効活用しなきゃ」

「……バレてたか」


 エキュートがレースに出る様になってから暫くして、僕は万が一にでもエキュートが肉になる結果になった時用に絶対に他の誰にも食べさせないのと、エキュートを全て残さず食べる為に燻製の技術を身に付けた。

 節約と家の手伝いの為って説明していたのに、まさか本当の理由がバレているなんて。


「アランに私を食べて貰うのは当分先になるから安心していいのよ」

「食べるのは確定なんだ」

「当たり前じゃない。これが私達セントウルの最大の愛情表現なんだから。アラン以外には考えられないわ。その時はおいしく食べてよね」


 愛情表現がキッツいんだよなぁ。


「さあ、ちゃんと掴まってなさい、飛ばすわよ!」

「さっきも十分って、おわぁ!」


パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ


 秋を迎えつつある山を駆け抜け、三つ編みのツインテールをなびかせて村へと向かうエキュート。

 自分を食べて貰う事を愛情と言うその切れ長な瞳は、一体何を見ているのだろう。


 前の世界の価値観のある僕には理解しにくい物だけれど、でもまあ、僕のエキュートが望んでいるのなら仕方ない。ちゃんとその愛情には答えてあげないとね。


 いつかその日が来たら、おいしく食べてあげるから。

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