午後3時40分

店から元気よく送り出されたのも束の間、空には怪しい影が流れていた。長居してはいないのにあれほど明るかった青が見えないほど、グレーの雲が覆っている。早いところ向かった方が良さそうだ。

お寺の周辺まではバスが出ているという。商店街の終わった少し先にバス停があったはず。しかしふと、嫌な予感がした。


果たしてバスはあるのか。


建て直された駅のスケールに気を取られ失念していたが、ここら一帯の路線バスは東京と比べ極端に本数が少ない。こんな夕方前なんかでは一時間に一本ペースではないのか。祈りながら速足で鞄を引いていく。

地方あるあるで聞かされる「バスが少ない問題」。昔のわたしは大袈裟だと思っていたが、じいちゃんの葬式で急ぎ帰省した日に実感した。その頃は父の運転する車に揺られて来るのが普段だったためバス事情なんて知らなかったのだ。バタバタと近付いていく停留所の光景は十数年前と変わっていない。

勢い込んで時刻表を確認する。長い年月が染み込んだそれは茶色くボロボロで読みづらい。15時の行を指で辿る。息を呑んだ。


「・・・。」


言葉も出ない。逃した。つい10分ほど前に。どうして。先にバスで向かっていれば。嗚呼。わたしの胃袋め。でもラーメンは最高だったから良し。

次のバスまでは40分以上ある。雲行きはどんどん暗くなってきたにも関わらず暑さは一向に引かない。待てない時間ではないが、汗か雨で確実に濡れ鼠となるだろう。ごめんだ。

おばちゃんから送られてきたお寺への地図をもう一度開いてみた。

歩けないほど遠くもない、と思う。土地勘が無さすぎて現実の距離に当てはめられないが、お寺と花屋の距離を基準に考えると大丈夫そうだ。多分そうだ。いける気がする。むしろ行かないとならないだろう。

よし。

小さく呟いて十字路を渡った。



あっっつい。

左手側の雑木林から聞こえる蝉の大合唱が体感温度を高める。どれくらい歩いたのだろう。地図によれば道の半分は歩いたはずだ。合っていれば。

いや大丈夫だ。所々に描かれた目印も辿れている。

ただ、目印同士の間隔が空きすぎて不安を煽る。とにかく似た景観の家が並んでいるのだ。歩いているうちにまた天気が回復しやしないかと少し期待していたのだが、それも叶いそうにない。焦りが出てきた。額に嫌な汗が混じる。

いや大丈夫だ。時間には余裕があるんだし。

やけくそのように鼓舞して、足元に落としていた視線を上げた。右手の道路を隔てて青いのれんが見える。やっと次の目印が見えた。地図では、その横に花屋さんがあるはずだ。しかし誰ともすれ違わないな。


車の心配も無さそうだが、一応、右左を確認。かけ足で渡る自分の姿がのれん店の入口に映っている。結局汗だくになった顔が不安そうに眉を寄せていて笑ってしまう。そのまま視線が斜め下に吸い寄せられた。

ガラス扉の内側、店先に置かれた棚に見覚えのある瓶を発見し立ち止まった。眉間のしわが一気に伸びる。

缶コーヒーに近い小振りな瓶に、しぶい書体で銘柄が書いてある。じいちゃんの家によく置いてあった酒だ。サイズ感は全く違うがこの筆文字は間違いない。

一升瓶から手酌するじいちゃんが記憶にいる。そういえば墓前にこの酒を備える場面も見たことがある。どうしようかな、お団子もあるし。

とりあえず花を買いつつ考えることにして隣の店へ移った。

お盆からは時期が少しずれたためか、プラカードに『仏花』と書かれた花束は夕方前になっても数セット残っている。助かった。

店奥のレジへと向かう。その時だった。

背後から強い白がギラっと花々を照らし、続けて太鼓のような衝撃音が響いた。思わず首が引っ込む。

恐る恐る振り返ると、スイッチが押されでもしたかのように目一杯の雨が一斉に降り始めた。

風呂桶をひっくり返したようなそれを見て、ようやくさっきの轟音が雷だったと分かった。

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