午後1時42分

駅、間違えたのかと思った。


新幹線から電車に乗り換え、やっとの思いで目的地へ着いたと思ったのだが。

到着した瞬間の光景からして記憶と大きく食い違っている。車両の電光板とホームを4、5回見比べた。発車ベルに慌てて降りてしまったが、どこだここは。何故こんなにも天井が高くオシャレなんだ。和モダンってやつか。塗装の剥がれた壁はどうした。背もたれの抜けたベンチは。

見慣れたものは何一つ残っておらず右も左も分からない。突然のことで酔いも覚めた。

しかしここは、冷静に。

まだ受け入れられず駅名を振り返って確認しながら案内図へと駆け寄った。


「でっ…」


でかいな、ものすごく。イラストになるとより奥行きが深いことがわかる。捨て忘れていた空き缶を勢い余って握り潰した。

本当に、どこになってしまったんだここは。

外に出るには階段を降りるのか。右方向で間違いないと思うが。地図は苦手なんだ。

まず何よりゴミ箱を探そう。


ようやく見つけた階段の下にはまだいくらか見慣れた街並みがあった。あそこの土産物屋は赤かぶが美味しいとこだし、父の好きな喫茶店も看板の文字は掠れて読めないままだ。あぁ、あの団子屋さんのみたらしは美味いんだよね。

美味いんだよな。

よしよし、じいちゃん用に買おう。お墓に供えようね。最後わたしが食べればいいや。

中継ぎ駅で追加したハイボールは、見事に判断力と財布を緩ませる。道の分かった安心感で酔いが少し舞い戻ったようだ。


「おっちゃん、みたらし5本とのり巻き3本ください!」



1本だけならいいだろう。みたらしをもちもち頬張りながら歩く。残りは手を出してしまわないよう鞄にしまっておいた。

民芸品や漬物屋など古くからある店の並びに、以前までは無かったオシャレで新しいカフェが混在している。観光地然とした街並みを進んでいるとお腹が鳴った。少し食べたら余計に減ったらしい。確かに喉は十分に潤したが朝のサンドウィッチ以来なにも食わずでそろそろ限界だ。

本当はこのまま早く墓参りした方がもちろん良いのだろうが、腹が減っては戦は出来ぬ。致し方ないのだ。

横断歩道の赤で止まった拍子に左右後ろを見回し飲食店を探した。

一つ先の曲がり角左前、車道を挟んで右側。ラーメンの文字が暖簾に揺れている。

この地域一帯で食べられているラーメンはコクのある醤油ベースに定評があり、一世を風靡したアニメ映画に登場したことで人気に拍車がかかった。この界隈だけで7、8軒はあると思う。問題はきちんと継承された味なのかどうかだが、確か右の店は以前に何度か入った老舗のはず。決まりだな。

信号が青になり、目指して進む。


昼下がりでピークは過ぎているのか3組並んでいるだけだ。店先に置かれたメニューをめくる。はい、美味しそう。日に焼けて茶がかったメニュー一覧が輝いて見える。トッピングも出来るのが嬉しい。

さてな、と目移りしていたらガラガラと扉が開いた。


「ありがとうございましたー!」


元気よく客を見送る女性と目が合った。醤油のいい匂いが外へ流れ出てくる。


「お決まりですか。」


考え込んでも仕方ない。ここは直感で。


「煮卵トッピングのチャーシューメンと餃子を一枚お願いします!」


にっこり微笑んだ彼女は他の待ち客からも注文をハキハキと聞いていく。見るとメモをとっていない。さすがだ。それではお待ちくださいと店内へ戻る背中に尊敬の眼差しを。

列の最後尾に腰掛けると頭上で風鈴が鳴った。しかし誤魔化されない。暑いもんは暑い。盆地となると8月も終わりとは言え、立ち止まれば思い出したように額から汗が流れ出る。

でも暑い中で食べる熱いものってのは最高である。楽しみでにやける顔を扇子で扇いだ。

そうだ、今のうちに今夜の宿を把握しておこう。このでかい鞄は置いていきたいから、チェックインを済ませてお寺へ向かう。お花も買わないといけないし、掃除もするから手ぶらがいい。少し遅めの時間にはなるが夕方過ぎでも明るい時期だし大丈夫だろう。

眉間に皺寄せてホテルからの道順を確認していると、メールが届いた。おばさんからだ。

読もうとした瞬間に店の扉が開かれ招き入れられた。

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