墓参れ

夏生 夕

午前10時25分

山の天気は変わりやすい。らしい。

生まれてこの方ずっと東京で暮らしてきた自分には、なかなか実感しづらいことだ。だから折り畳み傘を忘れてしまったのも致し方ないと思う。もう降ったらそれはそれだ、ままよ、とビールを傾けた。まずは新幹線で2時間。ビール缶と大好きなハムチーズサンドを調達することは忘れなかった。


祖父の家へ帰省するのは久しぶりだ。社会人になると何かと都合を付けづらくなっていき、ここ3年は両親に同行できずにいた。そうこうしていたら祖父の十三回忌まで通りすぎてしまい、さすがに気が咎め、この度ようやく連休と乗車チケットをとったのだ。

一人きりで寺まで行って墓を洗い、参るというのは初めてで何か妙に落ち着かない。そもそも寺まで辿り着けるのか。わたしは地図が苦手だ。祖父の家からはそう遠くは無かったと思うが、今日は駅から直接向かうためルートが違う。わたしは、地図が、苦手だ。

まぁ、どうにかなるだろう。あそこらで寺と言えば近所の住民には分かるだろうし、聞けばいっか。なんなら当人の名前を出すだけでピンとくる人だっているだろう。その田舎特有のコミュニティも、足が遠のいた理由のひとつのように思う。

空いた缶を潰すには社内が静かで遠慮した。もう一缶を開けようとしたその時、ちょうどワゴンを押す人影が車両を区切る扉から入ってきた。

社内販売と言えば、あれだね。

これから苦難の道を行くかもしれないのだ、景気付けにいただこう。


「すみません、カップアイスを一つ。バニラで。」



車窓からの風景が畑一色になってしばらく経った。そろそろ降りる駅に近付いてきたはず。さらにそこからローカル線を乗り継ぐことを考えると気が遠くなるが、別に急ぐ予定がある訳でなし、のんびりまったりゆこうじゃないか。

前の電光板に目的の駅名が表示された。現在正午過ぎ。サンドイッチのおかげで小腹は満たされているため、このまま次に乗り換えることにする。

頭上の棚から荷物を下ろし、ぐ、と腰を伸ばした。下半身には回っていないようだったアルコールが足元に到達する感触。ここからまだ距離があるのだから、多少の浮遊感は良かろう。きっと足取りが軽くなる。どうせすぐに覚めるだろうし。

鞄を引き、むんと力を込めて電車から降ろした。夏休みよろしく真っ青な空が視界を占める。これなら天気の心配も無いだろう。そうだそうだ、傘なんてかさばって荷物になっていたさ。大勝利だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る