独り言の部室

 風邪を引いたから昨日は欠席した。当然部活も休んだし、今日は部活を休んで帰る予定だった。でも、星見の連絡先知らないことに気づいたから、今日は部活がないことを直接言いに来ただけだ。

 たったそれだけのことなのに、誰もいない部室で俺の席を見つめたまま動かない後輩を見て、なにか大きな罪を犯したような、言い知れない罪悪感を抱くことになるなんて思いもしなかった。


 「……せんぱい」


 蚊の鳴くような声で、誰もいない机に呼びかける星見。後ろ姿だから、いったいどんな表情しているのかさっぱりわからないが、笑ってはいないのは確定だ。誰もいない席に向かって笑うやつもなかなか居ないだろうけど。

 どうどうと足音を立ててやってきた俺に気づく様子もない。耳元から黒いコードが垂れてるので、おそらくイヤフォンをしているのだろう。壁によりかかり、様子のおかしい星見をじっと見つめる。


「……さみしい、なあ」


 はあ、と息を吐いて机に突っ伏する星見。普段丁寧な言葉遣いや所作をする彼女にしては、なかなか珍しい行動だった。今まであまり見られなかった年相応な様子に、少しだけ驚いたのだ。


「連絡先、聞いておけばよかったな…。なにやってるんだろう、せんぱい。」


ぽろぽろと独り言を溢す。


「先生は風邪だって言ってたけど、大丈夫かなあ。今日は来てたみたいだし、あまり酷くはないのかも…。でもまだ来ないってことは部活を休まざるを得ない位体調が悪いんだよね、多分。」


独り言にしたって、ここまで漏らすものだろうか。それとも、自分の気持ちを整理するためにあえてそうしているのか。俺だってたまには独り言を話すが、それだって一言二言だし、反射で放つ言葉だ。星見は独り言を言う癖があるのかもしれない。


 なんて、わざとらしく考えながら、だるさの抜けない身体を引きずって自分の机の前に立った。十分くらいは眺めてたし、そろそろ帰ってもいいだろう。いがいがするのどを抑えながら、マスク越しに口を開いた。


「ーー今日部活は無しになったぞ、星見」


「--!?」


声を掛けた瞬間、バッと起き上がって俺を見上げた星見は、大きな目をさらに大きくして驚きを露わにしていた。乱れた前髪すら気にならない整った顔は、いつもは無機質な印象を持たされるが、この瞬間は幼気な印象を持たせた。


「は、せんぱい?なんで、ここに…」


「俺の都合で部活休みになるから、伝えに来ただけだけど。」


俺部長だし、そそくさとドアに向かい、帰りを促した。呆然としていた星見も、少しばかり急いで支度し、駆け足で部室を出る。


「そう、ですか…。体調はどうですか?」


「昨日よかマシ、ってくらいだな。念のために今日は部活休んで安静にする。」


施錠し、気だるげにそう答えた俺に彼女は少しだけ安堵するように頬を誇らばせた。やはり、そう言ったところは幼い。


「お前、ちゃんと年下なのな」


 その言葉に不思議そうに首を傾げた星見。そんな彼女に何でもないと告げながら、そろって靴箱を目指した。

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