ブラッド・リング

ましお

第1話 鬼との遭遇

2018年12月10日 深夜


「お、おい!起きろよ!くそっ……なんなんだよあいつ!」


 男は『何か』から怯えて、倒れた仲間を捨ててその場から走り出す。その足は恐怖のせいか安定しない。路地裏の室外機とビルの狭い壁の間を通り抜け、少し開けた場所に出たその時、地面に落ちていた空き缶を踏んで転倒する。倒れた男の背後から少女がゆっくりと迫る。


「なんだよ、ちょっと肩ぶつかっただけだろ! ……もう許してくれよ」


 男がそう発言した次の瞬間、男の右手首から切断される。というよりは、引きちぎられたという方が正確だ。少女の手には武器はない。ただ触れられた手の力だけで取れてしまった。男は苦しみ、叫んで腕を抱えて泣いて蹲る。その姿を見て少女は口を開く。


「そんなのはどうでもいいんだよ。お兄さんの運が悪かっただけ……もういいや、飽きちゃったし、もう死んでいいよ」


 男は怯えた表情で、身体を引き摺って必死に逃走しようとするが、腰が抜けて動けない。


「おい、近づくな、こっちに来ないでくれ……お前、本当に人間なのか?」

「あはは、違いまーす」


 その頃、『紀面町』に住んでいた柳原瑠衣は、この町の大学生として地元を出て一人暮らしをしていた。今夜、バイトを終えて自分の住むアパートに歩を進めていた。瑠衣は、すっかり人気の無くなった住宅街を抜け、アパートが目に見えるところまで近づくと、建物の陰から出てきた誰かとぶつかる。見ると、一見中学生くらいに見える少女が尻餅をついていた。


「あっ、ごめんなさい。大丈夫?怪我してない?」

「うん、大丈夫だよ。ごめんなさい。前見てなかった、気を付ける」


 その少女は金髪で、目が明るい赤色をしていた。瑠衣はその瞳を綺麗だと思い、目を奪われた。


(綺麗な真っ赤な目……日本人じゃないのかな)

「……? どうしたの?お姉さん」

「え?ううん、なんでもない。一人?親御さんは?」


 少女は少し考えたような表情をして、一瞬間を置いて、そっと口を開いた。


「ううん、今一人。私のお家すぐそこだから、ジュース買いに来ただけだよ」

「そっか、気をつけて帰ってね」

「うん、またね。お姉さんも夜道には気を付けて」


 瑠衣は、その後ろ姿を見送ると、自分も帰ろうと歩き始める。 が、あることに気付く。足音が多い。足を止めて後ろを振り向いても人影は無い。


(なんだろ……気の所為? ‌ ‌いや、無視して帰ろう)


 その時、さっき少女が出てきた建物の陰から、足音の正体が姿を現す。そこに立っていたのは二人の男。


(なんだ、この人達か……!)


 男たちが、街灯の明かりに照らされて、その姿が瑠衣の目にはっきりと映る。その二人は、血塗れで、虚ろな目をしている。片方は右手首から先が無い。


「だ、大丈夫ですか? 救急車呼ぶので待ってください!」


 瑠衣はスマホの画面に目を落とし、救急に電話しようとするが、一瞬目の前が、影で暗くなる。瑠衣が目線を移すと、男が天に向けた両腕を、一気に振り下ろす。瑠衣はそれを、後ろに下がって回避する。


「危なっ! いきなり何すんのよ!」


 男は瑠衣の質問に答えることもなく、ただ唸るだけ。


「なんだよ……もう知らない!」


 瑠衣は、二人から少し距離を取って、ポケットから携帯を取り出して、電話をかける。


「あ!もしもし警察ですか?事件です。大怪我した男の人二人組に殴られそうになって……ええ、10号通りで、柳原です。 あ、向こうが大怪我してるので救急車もお願いします」


 すると、瑠衣の後ろから声が聞こえる。


「あれ、瑠衣じゃん。何してんのー?」


 そこにいたのは、瑠衣と同じバイト先の友人。


「明穂?」

「バイト終わったのに、まだ帰ってなかったんだ? ん?知り合い? ってか、怪我やばくない?救急車……」


 その瞬間、一人の男が、跳躍して瑠衣に飛び掛かる。それを避けきれずに、後ろに押し倒される。


「うっ! 明穂!こいつらヤバい奴らだから距離取って!」


 瑠衣が何とか男の腕を掴んで抵抗していると、男の顔面が蹴り上げられて、横に倒れる。


「え……?」

「瑠衣から離れろよ!おっさん!」

「ありがと、明穂。 こいつらさっきから一言も喋らないの。さっきもいきなり殴られそうになったし」


 明穂に蹴られた男は、よろよろと起き上がる。すると、目線を瑠衣から明穂に移して、走り出す。


「まじで何なのこいつ……こっち来んな!」


 明穂は金的を食らわすが、男は怯むことなく直進を続けて壁に押し付ける。


「きゃっ! なんで?痛がったりしないわけ……?」

「明穂!」


 瑠衣が、明穂を助けようと駆けだそうとした時、もう一人の男に後頭部を殴られて、転倒する。


「うっ、痛い……本当に手加減なしで殴られた。首取れるかと思ったじゃない」


 その時、その場に絶叫のような悲鳴が響く。その声に、瑠衣は塞ぎ、その声の主の方を見る。その方向では、壁に押さえつけられた明穂の首に嚙みついている男、二人の足元には真っ赤な水溜りが出来ていた。 瑠衣はその光景に絶句していると、まるで野生動物が他の動物を捕食しているシーンのような、ぐちゃぐちゃという音が耳に届く。その音が止んだ時、明穂の身体は固いアスファルトの上に横たわる。


「あ……明穂!」


 捕食を終えた男は、血に塗れた顔で瑠衣の方に顔を振り向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラッド・リング ましお @masio888

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る