ホコリ転生~この閉ざされた世界(家)で、舞い上がれ~
蒼乃ロゼ
ホコリ転生
(────あっっっっ、ぶな!?)
目の前に差し迫る、轟音を伴うその掃除機から間一髪で逃れる。
ふわふわとしたその感覚は、どれもこれも新鮮だ。
おれは、…………ホコリだ。
たった今思い出したが前世は人間の、今はホコリだ。ホコリ人間じゃない、ホコリだ。
命の危機に、前世の記憶が舞い戻ったらしい。
というか、なんで音が聴こえるんだ?
目の前の出来事も見えるし、匂いは……さすがに分からないけど。
あれか、ホコリに魂が宿るとホコリ神になるのか? なんだよ、ホコリ神って。ホコガミ様か?
理屈は分からんが、視覚と聴覚だけは生きているらしい。他は知らん。感じないってことは、ないんだろう。それか、おれがフワフワし過ぎて、触覚もふわふわなのかもしれない。意味が分からん。
しかし、これだけは分かる。
おれはホコリで、目の前の掃除機の名手。この家の四天王の一角。四人家族の母である彼女は、おれの最大の敵だ。
父、息子、娘は掃除に積極的ではない。それどころか、おれの分身たる繊維やごみを落とす、協力者だ。
おれの今の体はほぼ99%、娘の洋服から飛び散った繊維だ。礼を言うぜ、娘。
残りの1%は企業秘密。
言いたくはない。なんせ、前世のおれはアレルギー性鼻炎だった。ハウスダストなんて思い出したくもない。
……あぁ、いやなことを思い出してしまった。おれはともかく、仲間があのツラい鼻水の原因だったなんて。……くっ。これから、あいつらのことをどんな目で見たらいいんだ。
しかしホコリは、短命だ。
その命の灯はすぐに消え、そしてまた新たな命が明かりを灯す。
繊維以外の主な成分は公表を控えるが、口にするのもおぞましいのは分かるだろ?
笑ってくれ。
おれはもう、人間だったころのお綺麗なヤツには戻れないのさ。
だから、あがく。
この命、尽きるまで────
(っだあああああぁぁぁ!?)
危ない。目の前をモコモコの物体が横切る。今度は、ホコリとりを持ってきた。
正式名称はなんていうんだ? あの、わたあめみたいなやつ。
ホコリ獲り? ホコリ盗り? ホコリ鳥?
何だっていい。おれたちの命を奪う、恐ろしい兵器だ。
フワフワをモコモコで仕留めようなんざ、意地が悪い!
人間なんて、所詮そんなもんだ。
仲間ですよ~と油断して近付いて、罠に嵌める。狡猾な生き物だ。
ちくしょう! 卑怯者め!
だが、おれの今の体は恐ろしく軽い。
いつもは床付近で、「いや、動きませんよ~」と白々しく時を待つ。
そして、空気の流れができた、その瞬間──!
おれは、宙を舞うのさ。
そう、ここは魔王城にして、小宇宙。
閉ざされた世界にして、無限の世界。
人間の目には見えない、ミクロな世界でおれたちは今日も戦う。
……だれと? あ、そうそう。人間と。
…………。
ま、まぁ。
人間の記憶を取り戻した今、彼女らの気持ちも分かる。
何度滅しても、そしらぬ顔でまた蓄積するおれたち。
終わらない戦いってやつだ。
だから、そう。
諦めたら、ダメなんだ。
分かるか? おれたちの気持ちが。
仲間を目の前でさらわれる、おれたちの気持ちが。
存在するだけで蔑まれる、おれたちの心が。
じゃぁ、逆に人間に問いたい。
おれたちは、なんのために生まれた?
人間たちの生活の一部。そこから生まれたと言っても過言ではないおれたち。
だったら、おれたちは人間である。そう、捉えることもできるのではないか?
人間だったから分かる。
おれたちは、彼らの軌跡だ。
彼らの、────分身だ!
……ごめん。分身は言い過ぎたかもしれない。
と、ともかく。
おれたちは、軽い。その命も、軽んじられているのは分かっている。
だが、その軽さこそがおれたちを生かす最大の武器。
風。空気の流れ。
おれたちの、起死回生の一手は、この魔王城すらも翔けぬける清廉なる風。
それを今か今かと待つのだが……。
おい、……嘘だろ。
やめろ、やめてくれ。
おれから、おれたちから翼を奪わないでくれ!
魔王。あんたが、魔王だ。
四天王に扮した、魔王。
水拭きだけは、やめ────
END
ホコリ転生~この閉ざされた世界(家)で、舞い上がれ~ 蒼乃ロゼ @Aono-rose
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