方舟チケット
「――このビルに爆弾が仕掛けられているぞ!」
情報源は駐車場で聞いた、二人の男たちの会話だった。
どこにあるのか、いつ爆発させるのか――詳細は分からない。まさか拳銃を持っている二人組に突撃して聞くわけにもいかないし、俺の命が危ない。
できることなら今すぐにでも逃げたいが、しかし、一応は務めている会社が入っている高層ビルである。同僚がいれば上司もいるので、伝えないわけにはいかなかった。
俺がオフィスに戻ってそう言い放つと、一瞬、静寂があったものの、すぐに通常通りの業務に戻った……え、なんで!?
パニックになるよりはいいけど、これじゃあまるで、俺がオオカミ少年じゃないか! 本当に爆弾が仕掛けられている――本当なのに!
「自分のミスを怒られたくないからって、そうやって論点を変えて誤魔化すのはよくないぞ。ほら、ミスを謝りに社長のところへいくぞ」
「違うんです! 本当に爆弾が――」
「なら、通報したか? 警報は? 分かった段階で押すべきだろ?」
「それが爆弾と連動していたらどうするんですか!? 警報を鳴らした瞬間に、どかんっ! なんて爆発したら――それに通報して、パトカーのサイレンで犯人を刺激したらみんなが逃げ切る前に爆発させられてしまいます! さあっ、早く社内メールで全員へ避難誘導を! できるだけパニックにはならずに、犯人たちを刺激しないよう、ゆっくりと避難を――」
と、言ったところで、上司がやれやれ、と額に手をやり、
「……大事な時期に、バカなことをするな。ほら、お前の仕事も溜まっているんだ」
「せ、先輩……?」
「爆弾? 犯人? 映画の見過ぎだ。厳重な警備があるこのビルに、爆弾を仕掛けられる奴がいるとでも? ……ここは日本だぞ? お前の妄想に付き合っている暇はないんだ、切り替えろ」
「…………」
「お前のわがままに、全員を巻き込むわけにはいかないんだ」
社内を見渡せば、俺のことを見ている人はいなかった……、上司も、後輩も、同僚も、みな、パソコンを見て作業を続けている……。電話が鳴れば取り、いつも通りに対応している……誰も、爆弾のことなど一切、信じていない。
自分が死ぬかもしれない、なんてこと、想像もしていないようだった。
「…………そう、ですか」
「覚悟は決まったか? おれも一緒に怒られてやる。ほら、仕事に戻れ」
上司に促され、自分の席へ戻った後――、最低限の貴重品をポケットに詰め、俺はトイレにいく振りをして、オフィスを出た――そして非常階段から降り、ビルを後にする。
上司から鬼のように電話がかかってきているが、無視だ。
そして、さっきまでいたビルが小さく見えるところまで遠ざかったところで――、
どかんっ、と。
爆発、炎上した。
映画やアニメなら、誰にも信用されなくとも、裏で動いて爆発を防ぐものだろうが、残念ながら、俺にそんな度胸もなければやる気もない。
信じてくれない奴を、どうして助ける? 自分の命が一番、可愛いに決まっているだろう。
人の命を優先する余裕は、俺にはないのだ。
あーあ、信用していれば良かったのに。
何度も訴えた、それでも信用しなかったのはお前らだ――これで俺が責められるのは違うよな? ――警告はした、それを受け取らなかったのはお前らだ――自業自得だろう?
サイレンが鳴っていなければ危険を信じない?
分かりやすい刃が見えなければ危機感を抱かない?
それとも、言った人間の信用度か?
でも、信じないで死ぬのはそっちだぞ?
遅れて、パトカーのサイレンが鳴り響く。
ネットを開けば、速報で『ビルで爆発』と報道されていた。
俺の一言を信じていれば。
指示に従っていれば――さて、どんな未来があったのだろう。
「まあ、とりあえず」
――家に帰って、寝るとしようか。
ミニッツ・キット 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます