第2話
あぁ…、
もぉ……だって仕方ないじゃないか。
あんなに素敵な女性なのだ。
絹のような艷やかな金髪に、澄んだ青色の瞳。くびれのある腰に豊満な胸。
髪は短く肩上でカットされており、無邪気な少年のような雰囲気も併せ持つ。溢れ出る女の魅力とほんの少しばかりのボーイッシュさが絶妙なバランスを保っており、たまらなくそそられる。話し方もまた素晴らしい。相手を見下すことなく、下手に出るわけでもない。仕事ができる女性のそれである。
年は5つほど上だろうか。惹かれないほうがどうかしてる。そう、発情しないほうがどうかしているのだ。
と……頭の中で何度言い訳しようが、自分の方がおかしいのはわかっている。
――僕は
正確には兎の性質を持つ
ギフトを授かる確率は100人に1人。非凡な才能を発揮し、国に恵みをもたらすと言われるが、僕のギフトはそんな大層なものではない。
ギフトに由来する
8才のときに村の教会で鑑定の義を受けたときに、「兎」の異能を持つことがわかった。体質として「発情」を持つことも。
つまり、僕は常に
昨日も彼女に言われるままに娼館に向かった。予想以上にお姉さん方のレベルとテクニックが高かったおかげで、15回戦を終えたところでおさまった。
僕が「兎」だと知った時、母は僕を強く抱きしめた後、ニカッと笑った。
「素敵な女の子を捕まえなさい。決して妥協するんじゃないよ」
母が言ったその言葉は今でも俺だけの宝物である。
宿で朝食を済ませたあと、ギルドへ向かった。受付に彼女の姿を見つける。受注業務がちょうど一段落ついたようだ。彼女と目が合った。
彼女は一瞬むっとした表情を浮かべた後、ぷいっと横を向く。
ああぁ、駄目だ。大人っぽい彼女の“むっ”からの“ぷいっ”は反則だ。せっかく落ち着いた下半身がまた元気を取り戻してしまう。クールダウンしたとはいえ、いつぶり返してもおかしくないのだ。
僕は揺らぐ性欲を押さえつけ、彼女とは異なる受付のお姉さんに話しかけた。
「『間際』の依頼を全部見せてくれますか?」
「本日締め切りの依頼ですね。承知しました。」
にこりと目を細めるこのお姉さんもなかなかの美人さんである。胸あたりまで伸びた黒髪がとても似合っている。
「私のことは口説かないんですね?」
お姉さんは作業をつづけながら僕に話しかける。
「受付のお姉さん皆に嫌われたら仕事できませんから」
不意打ちの質問にかなり動揺したが、なんとかはぐらかせたと思う。
――ほど良い発情状態のせいか、やけに体が軽い。唯一の取り柄である足で駆け抜け、受けた依頼は昼過ぎにすべて片付いた。冒険者がまばらとなったギルドに入ると、意中の相手の姿はない。朝の黒髪のお姉さんに依頼完了の報告をした。
「サラがいなくてがっかりしましたか?」
お姉さんは依頼書に何かを書き込みながら上見がちで僕を見つめる。もし、昨日初めに出会ったのがこの人であったのなら恋に落ちていたかもしれない。
「あの方はサラさんと言うんですね」
「名前も知らないのに抱こうとしたんですか?」
「口説いただけですよ。あまりにも彼女が魅力的だったので名前を聞く暇がなかっただけです」
「そこまで惚れたのだったらじっくりゆっくりと攻めればよかったのに。サラが異性と食事に行こうとするなんて滅多にないんですよ」
「明日には死ぬかも知れない冒険者稼業で“じっくりゆっくり”口説くのはおかしくないですか?」
お姉さんは、少し驚きつつも、「確かに…」とつぶやく。柔軟な思考をお持ちのようで大変ありがたい。
「サラとは幼馴染なんです。彼女を泣かせない限りは貴方を応援してますよ」
ユリアと名乗る彼女はそう言ってほほ笑む。僕は頼もしい味方を得た。
――ここに来てから約1ヶ月がたった。僕はほぼ毎日ギルドへ通った。受付の担当は毎回、ユリアさん。サラさんはなかなか目を合わせてくれない。そろそろ、会話できる程度には関係を修復したい。さすがに心が折れそうだ。
だか、今日は様子がちょっと違う。受付業務に追われるサラさんはいつものように忙しそうであるが、今までより晴れやかな雰囲気を感じる。
「弟が帰ってきたんですよ」
ユリアさんが教えてくれた。サラさんには2つ下の冒険者の弟がいる。その弟が1年ぶりに戻ってきたのだ。冒険者稼業では珍しくないのだが、親を亡くした二人にとってお互いが唯一の肉親だ。随分と心配していたらしい。
いつものように間際の依頼を引き受け、ギルドを後にしようとすると、サラさんと目があった。また、“むっ”としたしかめ顔から“ぷいっ”ではあるが、僕の目はごまかせない。やや嫌悪感が薄れてる……気がしなくもない。一歩前進としておこう。
――「君がピーター?」
その日の夕方、ユリアさんに依頼達成の報告をしていると、後ろから話しかけられた。
振り返ると、金髪に澄んだ青色の瞳、サラさんと瓜二つの美青年がそこにいた。やや大きめの長剣を背負っているが、背筋はピンと張っていて、一定以上の冒険者であることがうかがえる。
「サラの弟のライルです」
ユリアさんが後ろから教えてくれた。
「少し時間もらえるかな?」
敵意は感じない。好意的な口調だ。いきなり、斬りかかれる心配もなさそうだ。ギルドを出て、近くの食堂へと場所を移す。ライルはコーヒー、僕は喉がカラカラなのでエールを頼んだ。
「聞いていた以上に若いね。15くらい?」
「今年で20になります。見かけより老けてるんですよ」
「俺と2個しか変わらないんだな。サラ姉とは5歳差か。全然問題ないか」
「問題ないんですか?」
「まさか、年上は嫌か?」
「いえいえ、そうではなく、どこの馬の骨かわからない男にお姉さんが口説かれて怒らないのかと。僕のこと聞いてますよね?」
「あぁ、そっちのことか。俺としては。むしろ好きだよ。あんたみたいな人は」
ライルは、今さらそんなこと聞くなよという顔をしている。確かにその通りだ。僕は会ったその日に、夕食をすっ飛ばしてベッドに誘う男なのだ。
「ユリア姉から聞いたかも知れないけどさ、サラ姉はほとんど、そういう経験がないんだよ。俺のせいだ…。だから、守ってくれる男は大歓迎だ。Dランク冒険者ならなおさらな」
「Dランクもピンキリですよ。足には自信がありますが、おそらく貴方のほうが強い」
「ははっ、上級冒険者にそう言われるとは光栄だね。まあとにかく、よろしく頼む。言いたかったのはそれだけだ。ただ泣かせないでほしい。姉の涙を見るのは苦手なんだ」
言われなくても惚れた女は守ってみせる。僕はしっかりと頷いた。
――「好かれたみたいね」
ライルが去ったあと、ユリアさんがどこからともなく現れて言った。隠れて会話を聞いていたのだろう。
「好かれたんですかね?」
「間違いないわよ。良かったわね」
「良かったんですかね…」
「責任感を感じるのは嫌?」
「好きではないですね。常に身軽でありたいので。ところでライルさんはストレートですよね?」
あからさまに「何言ってるの、おまえは」みたいな目で見られたから僕は慎重に言い直した。
「ライルさんはホモです?」
ユリアさんは「馬鹿言ってんじゃないの!」と僕を叱った。今度はしっかりと伝わったらしい。頭頂部へのグーパンチというおまけ付きだ。僕の人生はいつだって前途多難だ。
ーー3日後、嫌な予感が当たることになる。
「ピーターくん!!」
ギルドに着くと、受付カウンターに行く前にユリアさんに声をかけられた。デートの誘いではなさそうだ。
「サラを知らない!?」
「いないんですか?」
「どこにもいないのよ!いつもは誰より早く出勤するのにいつになっても来ない。家にもいないの!!」
こんなに慌てているユリアさんは初めて見る。
「ライルさんは?」
「ライルは昨日の早朝から依頼にでかけた。あと5日は帰ってこない」
「ライルさんはここにいないんですね?」
「う、うん」
口調が強すぎたのかもしれない。ユリアさんはためらってから頷いた。
僕は大きく深呼吸したあと、鼻で大きく大気を吸い込む。そして五感を研ぎ澄ます。嗅覚で、味覚で、そして聴覚で愛する人の痕跡を探す。
このときばかりは「兎」の
うん。濃厚だ。
あの人のいる方向がはっきりとわかる。僕は力いっぱい地面を蹴り込んだ。
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